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白と黒(黒尾)

何度目かのスヌーズ機能。
洒落っ気のない私のスマホは幾度となく震えては指一本でその動きを制御され、五分後に再び稼働する。
ここ数日、女性特有の眠気の遅い来る周期に差し掛かっている私はなかなか布団から出られずにいた。
それでも人間に生まれてしまった以上やることはやらねばならい。
義務を果たさずして権利はないのだ。

「いつまで寝てるの?」

そんな当たり前のことを頭ではわかっていても身体がついて行かない私に突如下された裁き。
大分重たくなった掛け布団は痺れを切らした母に容赦なく剥ぎ取られ、それにしがみついていた私は呆気なく床に転がり落ちて渋々目を覚ます。
視線の先には冷たい母の笑顔が私を見下ろしていた。

「お、お早う御座います」
「もうお早くないわよ。さっさと顔洗って来なさい」

よくよく時刻を確認すると家を出る時間まであと7分。
私はこの瞬間、時間を戻す方法はないものかと本気で現実逃避した。
しかしそんな時間すら惜しいことに気付きいつもはきちんと畳んでいる部屋着を裏返しに床に脱ぎ捨て、急いで制服に着替えると洗顔ついでに濡れた手で髪を撫で付けて寝癖を気にする余裕もなくそのままリビングに駆け降りる。
タイムリミットまであと5分。
その5分に私が費やすのは迷う事なく食事である。
腹が減っては戦ができぬ。
昔から言うではないか。

滑り込むように席に着き朝食をほぼ丸飲み状態で摂取しながらテレビを見ているとニュース画面の端には十二月とは考え難い気温が表示されていた。
日本から冬が消える日もそう遠くないかもしれない。
そんなことを考えていると洗濯物を干し終えた母が通りすがりに私の頭にハンカチを乗せる。

「で、どっちが本命なの?」

いきなり投げ掛けられた言葉にドキリとし、今止まることは許されない筈の箸の動きが止まった。
私は喉に詰まり掛かったご飯をお茶で流し込むと心底迷惑そうに振り返る。

「何が?」
「鉄朗君と研磨君」
「は?」

このクソ忙しい時に何を意味のわからないことを言ってるんだこの母親は。

「そう言うんじゃないし」

首を捻った拍子に落ちたハンカチを私は指先で摘まみ上げると乱雑にポケットへとしまう。

「へー」
「ホントにそう言うんじゃないんだって!時間ないから行く!」

まだご飯は残っていたけれど何となくそれ以上は踏み込まれたくなくて、私は逃げるように家を飛び出し学校へ向かった。

**********

クリスマスが近いこの時期、学校では女子の机の上にはデートスポットが掲載された雑誌が積まれ、やれ何組の誰が告白しただの付き合い始めただのとそんな話題で持ちきりだ。

「あ、苗字さん!」

席に着くや屯していた女子に声を掛けられ心底うんざりする。
皆浮き足立っているところ悪いが、どうせクリスマスに東京には雪なんか降らないし都合よく運命の相手なんてのも現れたりはしない。
季節やイベント事で幸せになれるのならばこの世に不幸な人などいないのだ。
それでも騒ぎたいなら私を巻き込むことなく勝手にやってくれ。

「苗字さんはクリスマス何処か出掛けたりする?」
「特に予定はないけど…」
「あー、彼氏忙しそうだもんね」
「……は?」

…何の話をしているんだこの人は。

「あのバレー部の主将の人と付き合ってるんじゃないの?」

どうしてそうなる。

「私達には全くそんな要素はないと思うのだけども」
「そ、そっか」

余程私の態度が宜しくなかったのか、はたまた単に興味を失っただけなのか、集まっていた女子達が蜘蛛の子を散らすように去って行く。
私の一番苦手なパターンだ。
やっと解放され鞄の中身を机に入れていると腹部にじりじりと鈍痛がし始め、今日は二日目だと言うのに鎮痛剤を飲んでいないことに気付く。
出血量も多い所為かフラフラする。
担任が教室に現れ日直の号令で起立すると全ての音が遠退き目の前が真っ暗になった――

**********

目が覚めると見慣れた天井を背景に養護教諭が私の顔を覗き込んでいた。

「起きた?」
「あの、私…」

身体を起こすとまだフワフワする頭に自然と眉間のシワが寄る。

「どのくらい眠ってました?」
「運ばれてからまだ5分くらいよ。貧血かしら…」
「実は今日二日目で…」
「じゃあ良くなるまで寝てなさい。私はこれから出張でここにはいられないけど、好きに使ってて良いから。どうしてもダメそうだったら早退の手続きをするから職員室にいる先生に声を掛けて」

養護教諭はそう言い残しカーテンを閉めると保健室を出て行った。
真っ白な空間に取り残された私はズキズキと痛む腹部を自ら擦る。
横になっている所為かいくらか痛みはマシな気がするがやはり痛いものは痛い。
いつも服用している薬は教室にあり、授業中に取りに行くのも気が引ける。
このまま寝てしまおう、そう決めた直後ポケットに入れっ放しにしていたスマホが震えた。

(今日寒くね?)

こう言うどうでもいいLINEをして来るのはクロさんだ。
いつもなら既読スルーするような内容だったが今日に限っては気が紛れるかもしれないと気紛れに返信する。

(冬ですから)

そしてすぐにまたスマホが振動した。

(この時間に即レスめずらしー)
(こんなどうでもいいやり取りでもしていないと死にそうなもので)
(今何処いんの?)
(保健室ですけど…)

教師に当てられでもしたのだろうか。
私のメッセージは既読になったまま返信が来ることはなかった。
今度こそ眠りにつこう、そう思い閉じた目蓋の裏は真っ黒で先程の出来事を思い出させ私を少し不安にさせた。
痛みと戦いながら浅い眠りについていると廊下に響く足音に薄く目を開く。
まだチャイムは鳴っていない。
と言うことは授業のない教師が様子を見に来たのだろうか。
保健室の入り口付近で一度止まった足音は私の元へとすぐ来ることはなく室内を歩き回っているようだ。
その行動を不審に思い身体を起こすとタイミング良くカーテンが開いた。

「はーい、病人は寝てて下サーイ」

そこに現れたのは眩しいくらいに真っ白な白衣を着たクロさんだった。
恐らくさっきの養護教諭が着ていたものなのだろう。
各所丈が足りていない。

「コスプレなら他所でやって下さい」
「おい、心配して来たのにそれはないダロ」
「ただの貧血なんで大丈夫です」
「え、何?生理?」
「なっ、」
「ちょい待ちー」

そう言うとクロさんは白衣を翻し机の上の薬箱を漁り出す。
そして中から目的の市販薬を探し出すと水の入ったコップと共に私の元へと差し出した。

「ほら、飲めよ」
「こんなことするから勘違いされるんですよ」
「何が?」
「クロさんと私が付き合ってるとか、最早ギャグでしかないでしょう」
「あーそう言うヤツ…」

薬を受け取りパッケージを開くといつも服用している類似品より少し大粒の錠剤が顔を出す。

「お前はそう言うの無縁そうなのにな」
「そもそも私、人付き合いが苦手なので」

それを水で流し込み残りの薬とコップを傍らの机に置こうと手を伸ばす。
しかし置くより先にクロさんが私の手首を掴んだ。

「だから自分と似てる研磨とか?」
「え?」

心無しか掴まれた手首への力が強まったように感じる。

「…お前のことは、俺が見つけたんだよ!」

思わず指先の力が抜け僅かに残っていた水を散らしながらプラスチック製のコップが床を転がる。
カランカランと無機質な音が大袈裟な程室内に響いた。


「――なんてな」

一瞬の沈黙こそあったものの、クロさんは先程までの空気なんてまるで無かったかのようにいつも通りのニヤけた顔で私を覗き込む。
開放された手首は少し熱を帯びていたけれどその指先はひんやりと冷え切っていた。

「ぶひゃひゃっ、変な顔」
「余計なお世話です」

いつもの調子に戻ったクロさんは手際よくティッシュで床の水気を拭き取りコップと薬を片付ける。

「じゃ、お大事にー」

そう私の頭に脱ぎ捨てられた白衣はクロさんの熱と匂いがしっかりと残っていた。

   <<clap!>>