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賽は投げられた(及川)

セール時期とは酷なもので、土日は碌に休憩も取れずに売場に立っていた私は昨夜帰宅するや言葉通り泥のように眠ってしまい目覚めれば翌日の午後五時。
いい加減眠気もふっ飛んだこの時間は空腹がピークに達しているが、休みに休んだ身体は中々活動をよしとしない。
クリーム色の遮光カーテンの隙間から僅かに漏れる夕日で薄暗くなっている部屋の中、枕元の携帯に手を伸ばし大して興味のないニュースの見出しを見ながら弱い光で目を慣らしていると不意に部屋の扉が開いた。

「こんばんはー!…のつもりだったけど、おはようだったかな?」

いつもの定休日にいつものこの顔。
私は微動だにせず視線だけをそちらに移すとこれでもかと言うくらい眉間にシワを寄せた。

「何でいるの」
「名前ちゃんに呼ばれた気がして」
「私があんたを呼ぶとしたらお客様のお呼び出しの時くらいだわ」
「名前ちゃんの愛が痛い!」

今日は珍しく親も一もいない。
この男の事だからどうせそれを狙って来たのだろうが。
それにしても玄関の鍵はかかっていた筈なのだけれど…

「あんたどうやって入って来たの」
「及川さんに不可能はないよ」

この男から真っ当な回答が返って来るなんてことは微塵も期待してはいけない。
私は一つ大きな溜め息を溢すと古い記憶から子供の頃によく鍵を上手いこと開けて出入りしていた勝手口の存在を思い出し答えを導き出すや頭を抱えた。

「君は泥棒か何かかな?」
「名前ちゃんのハートを盗みに来ました!」

そう何処か誇らしげに仁王立ちする彼はやはり無駄に綺麗な顔をしていた。
遠目に見てもわかる長い睫毛で縁取られた大きな瞳にふわふわの髪の毛。
しかも男なのにいい香りをプンプンさせている。
休日は夕方まで寝ているようなお洒落の「お」の字もない自分と比較するとお互い生まれるべき性別を間違えたのではないかとすら思ってしまう。
しかし無駄に整っているこの男の容姿もこれだけ毎週見ていたら慣れるどころか飽きて来ると言うものだ。
呆れる私のことなんか気にもせず及川はまたも無駄に綺麗なウォーキングでベッドへと近付き距離を縮める。
すると私はここで予てより感じていたこの男に対する苛立ちの根元に辿り着いた。
そうだ。この男には無駄な部分が多いのだ。

「本気にしてないでしょー」
「酒も酌み交わせない男なんかと恋愛なんてしたくない」

私は携帯に視線を戻しそれらしい理由を並べて牽制する。

「そんなこと言って、名前ちゃん大して飲めないって聞いたけどなー」
「誰に…っ」

刹那、影が重なりベッドがギシリと音を立てて携帯が床に落ちた。
完全に油断していた私はそこで初めてマウントポジションを取られたことを認識する。
白い天井を背景にした及川のドアップ。
私は悠長にも頭の片隅で以前もこんな光景を見た気がするなどと考えながら目を細めた。

「ねぇ、お酒より俺に酔ってよ」

揺れる癖のある茶色い前髪が私の頬を撫でる。

「何馬鹿言ってんの」
「名前ちゃんさ、状況わかってる?」
「っ、」
「嫌なら突き飛ばして大声あげたらいいんじゃないかな」

試すように向けられる瞳に腹が立つ。
そこから目が逸らせない自分にも。
私は返す言葉が見つからず奥歯を噛み締めて沈黙を貫いた。
時計の秒針の音だけが響き息苦しさを感じるこの空間で、私の体温を上げている及川の吐息が少し時間を置いてからゆっくりと離れて行く。

「ま、名前ちゃんはそんな事しないってわかっててやってるんだけどさ」

身体を起こした及川はベッドに腰を下ろして大袈裟に両手をあげて見せた。
そして意地悪く細めた瞳で私を見下ろす。

「もしかしてキスされると思った?」
「なっ、」
「そもそも俺が来るってわかってて名前ちゃんは何で部屋に鍵を掛けないの?」

言われて初めて自分の言動の矛盾に気が付いた私は思わず息を呑んだ。

「ねー」
「…うるさい」
「あれー?それは照れ隠しかな?」

考えれば考える程思い当たる節が見つかり知らないうちにこの男の術中に嵌まっていたのかと気付かされ、重ね重ね腹が立つ。
しかし相手は年下で高校生。
しかも弟の(多分)親友。
年上好きの私にこのようなことが許されるのか。否、許されるわけがない。

「あんたさ、私に彼氏がいるとは思わないわけ?」
「毎週休みの日にこんな時間まで寝てる子に彼氏がいるとは思いませーん」
「……」

最早この男から逃れる方法は一つとして残されていないのではないか。
そんな風に思考が傾いている時点で私の負けなのかもしれない。

「俺と付き合ったら名前ちゃんは絶対俺を好きになると思うけどなー」
「凄い自信だこと」
「女の子は愛するより愛される方が幸せだと思うよ」

悔しいけれどそれは何となくわかる。
寝起きの冴えない頭の所為にして、たまには趣向を変えてみるのもいいかもしれない。
私は身体を起こしながら目を擦ると乱れた髪を直すように手櫛を通す。
布団の外はやはり少し肌寒い。

「あんたの言葉はいちいち軽いのよ」
「逃げるの?」

何となしに放たれたこの一言は負けず嫌いの私の心に火をつけるには十分で――

「出来るものならやってみれば?」

売り言葉に買い言葉。
もう好きかもしれないだなんてそんな事はまだ考えてやるものか。
こうして私達は紆余曲折を経て恋人同士となった。

   <<clap!>>