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一輪の花(月島)

(人多いな…)

一般的に八月のメインイベントと言えば海水浴や花火大会やお祭り辺りがメジャーなのだろうけれど、ここ仙台ではそれに加えて七夕祭りが行われる。
すっかり忘れていたが今日はその前夜祭らしく部活帰りに乗った電車は浴衣姿の人と仕事帰りの人とでごった返していた。
閉まる扉にプレスされるようにして乗り込んだ私はぎゅうぎゅう詰めの車内で扉に押し付けられ何とかバランスを保っている。
ふと視線を落とすとすぐ隣に5歳くらいの女の子が両親に守られるようにして電車に揺られていた。
余程花火大会が楽しみなのか、この状況でも始終笑顔で母親に一生懸命話し掛けている。
そんな彼女を見て心身共に感じていたむさ苦しさが少し和らいだ。

思い返せば私も子供の頃は家族や友達と足を運んだ仙台屈指の大イベント。
しかしここ数年は受験やら部活やらでずっとご無沙汰だ。
私の記憶が正しければ確か前夜祭は大して露店も出ていなかったし頑張れば家からだって花火の端っこくらいなら見れるし…と、最早行く気持ちなど欠片も無くなっているように思う。
毎年思うのだけれど、そもそも何故平日に行うのだろう。
まあ今となっては開催日が土日であっても部活があるからあまり関係のないことなのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えている間も電車は順調に線路を滑り、人の出入りの多い駅に着く度に私は一度下車しホーム側の扉の前で中の人達が降りるのを見送ってから空いた空間へ先程までと同じ密度になる人数と共に収容されると言うのを繰り返した。
そして恐らく次がこの路線最後の混雑駅。
今まで同様、ホーム側の扉の前で沢山の人が背後に並んでいるのを感じながら電車の発車メロディーが流れるのと同時に再び車内へ戻ろうと一歩足を踏み出す。
しかし後ろから何者かにいきなり肩を掴まれて身体が反転し、前へと進む予定だった右足は縺れ何故か後ろへ…

「えっ」

予想外の出来事に何の対処もできないまま出遅れた私を置いて、無慈悲にも目の前の扉はピシャリと閉まり鮨詰め状態の電車はゆっくりと走り出す。
硝子越しに先程の子供が手を振っているのが見え、私もつられて手をあげたがうっかり背中を預けてしまった後ろの人にその手を掴まれて心臓が凍り付いた。

「す、すみません!ちょっとよろけてしまって!」

慌てて謝罪の言葉を紡ぎ恐る恐る振り返る。
するとそこにいたのは――

「バカじゃないの」
「…月島君!?なんで…」

迷惑そうに眉根を寄せるチームメイトだった。

「ちょっと来て」
「え、何…」
「いいから」

強引に腕を引かれ訳もわからぬまま丁度来ていた反対方面の電車に乗せられる。
こっちの電車は程好く空いていて冷房が涼しいとは言え、やっと離された腕はじわりと汗ばんでいて何だか恥ずかしかった。
気まずい雰囲気にどうしたものかと狼狽する私とは対照的に月島君は何食わぬ顔でヘッドホンを付け一人の世界に入ってしまっている。
それを見た私は黙って彼の隣に立ち窓の外を見る他なかった。

快適な電車が人の少ない田舎駅に着くと月島君は先に降り、ついて来いと言わんばかりに視線を私に送る。
そんな彼の態度に私は少し不満を覚えたけれど渋々後を追って改札を抜けた。
並んで歩く訳でもなく某RPGの如く後ろに着いて歩くこと約3分。
住宅街を抜けた先に大きな閃光が空を彩った。

「この辺りは高い建物がないからよく見えるよ」

呆けている私の隣に並び何の高揚もない声色でそう言った月島君の表情は暗くてよく見えなかったけれど、何処か満足そうに笑っていたように思う。
断続的に咲き乱れる黄色い花火の後に一拍置いて打ち上げられた大きな青い花火。
それに照らされた月島君の白くて綺麗な横顔が印象的で、私の心に色濃く焼き付いた。

   <<clap!>>