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minion(月島)

「名前、それ取って」

そう僕がドリンクボトルを指すと名前は少し上擦った声で返事をし慌ててボトルを差し出した。

「は、はいっ」

この呼び方になってから暫く経つが未だに慣れる様子はない。

「…変な声」
「も、申し訳ございません…!」
「何なのその態度。気持ち悪いんだけど」

まさか呼び方ひとつでこんなにも名前が他人行儀になってしまうとは。
確かに僕は他人を――ましてや女性をファーストネームで呼ぶなんてことは基本的にない。
それは言うまでもなく、所詮高校の部活動だけでの付き合いの人間と親しくしたところで何のメリットもないからだ。
それなのに今こんなことになっているのはこの前の山口のお節介の所為もあるだろうが、恐らく僕が元々彼女に何かしら特別な感情を抱えていたと考えるのがベターだろう。
そう思うとあの件はただの引き金に過ぎなかったのかもしれない。
僕は今、僕自身が彼女を必要以上に意識してしまっていることに柄にもなく密かに狼狽していた。

(予想外も甚だしい…)

僕は乾いた喉にドリンクを流し込むとボトルを元の場所に置いて湿度の高いシャツの中に空気を送り込むように襟元をパタつかせた。
いずれにせよ、名前とは微妙な距離が出来てしまった気がする。
それをどう縮めるかが目下の問題だ。

「あの、これ使う?」

隣で僕の様子を窺っていた名前がこっちの気持ちなんてお構い無しにタオルを差し出す。

「どうも」

僕はそれを無愛想に受け取ると眼鏡を外し額にじんわりと浮かぶ汗を拭った。
ふわりと香るシャンプーの匂いに誘われるようにタオルの隙間から隣を見下ろせば柔らかそうな髪が艶々と光っている。
そんな僕の視線に気付いたのか名前が不審そうに顔を上げた。

「…どうかした?」
「別に。あまりにつむじが丸見えだから押してやろうかと思っただけ」
「えっ、止めてよ!」

焦って大袈裟に頭を隠す彼女を見ているとどうにも加虐心が煽られる。
もう一言ぐらい八つ当たりしてやろうか。
この行き場の無い苛立ちも戸惑いも全て名前が原因なのだから。
そう思い口を開き掛けたところで山口に呼ばれ彼女の元から離れて練習へと戻った僕は、そんな思考とは裏腹に無意識のうちに何かに満足していたのか、山口に「ツッキー何かいいことでもあった?」と問われあからさまに不機嫌を装う。

「ないよ」
「そ、そうなんだ」

たじろいだ山口を挟んだ向こう側にいる名前を次はどんな風に苛めてやろうだとかそんな邪な考えばかりを巡らせていると一瞬絡んだ視線に身体が熱を上げる。
――こんな筈じゃなかったのに。
でもこのふわふわとした想いはもう少し泳がせて置きたくて、僕はまだこの不明瞭な気持ちを明白にするのは止めておくことにした。

「ツッキー楽しそうだね」
「山口うるさい」
「ごめん、ツッキー!」

僕の気持ちに気付いているのは多分僕自身とこの馬鹿な幼馴染みくらいで、それをうっかり漏らしやしないかと言う僕の心配を他所に、山口は「応援するからね!」と無垢な笑顔で耳打ちする。

「必要ないデショ」

そう一人ごち再度絡ませた視線に今度は挑戦的な笑みで返すと何かを感じ取ったらしい名前が一気に怪訝な表情になる。
さっきまで散々周りに笑顔を振り撒いていたクセに。
忙しい表情筋に思わず吹き出すと何が気に入らなかったのか遠くから怒鳴るように僕の名前を呼ぶ声。
僕は随分と面白いおもちゃを見つけたようだ。

   <<clap!>>