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loophole(赤葦)

仕事もプライベートもここの所何もかもが上手く行かない。
色々と不運も重なり気持ちに余裕を無くして今まで築いて来たものを台無しにしてしまった私は一人後悔の念に苛まれていた。
どんな道に進んだって何かしら躓くことはあるし後悔しない選択なんてない。
そんなことはわかっているけれど、いざそれに直面するとあの時ああしていればと「もしも」のことを考えてしまうのは人間の性だ。

**********

「泊めてもらえない?」

闇も深まる午前0時。
私は全てから逃げ出すように家から飛び出し気付けば彼の元へと向かっていた。

「それ、俺の気持ち知ってて言ってるんですか?」

そう言う彼はもう何年も前から私のことが好きで、こんな些細な願いを断るわけがないなんてことはわかりきっていた。
はっきりと告白されたのは確か彼の就職が決まった数年前。
一足先に社会に出ていた私と同じ土俵に立つのと同時に彼は関係の変化を求めた。
けれど私はそれに応えるわけでもなくその真剣な想いをのらりくらりと交わして未だに曖昧な距離感を楽しんでいる。
私の気紛れで飲みに連れ出しては遅くまで付き合わせることも度々あるけれど必ず一線は保ち、私に初めて彼氏が出来た時だっていつも通りのあの気の抜けた表情でおめでとうを言った彼が一体どんな気持ちだったのかなんて容易に想像が付いたのに私は気付かないフリをした。
要するに、私は彼を利用しているのだ。

「取り敢えず、中入って下さい」

それなのに目の前この男、赤葦は何処か嬉しそうに目を細めて私を迎え入れる。
赤葦はいつだって私の気持ちを優先することを徹底していた。
いつになっても赤葦が独り身なのはきっと私がこんな風に困った時に助け船を出せるようにしているのではないだろうか。
烏滸がましくも、ずっとそんな風に思っていた。

赤葦の部屋の間取りは玄関を入ってすぐのところに台所と並んで洗濯機があり、反対側にお風呂とトイレ、そして部屋に続く扉の隣に洗面台がある。
通りすがりに洗面台の鏡に写る自分の姿を確認すると朝セットした筈の髪は乱れメイクも崩れ放題でそれはそれは酷い顔をしていた。
今更そんなことで幻滅されるような付き合いでもないけれど。
私は己の不甲斐なさに深いため息を溢しながら視線を落とす。
するとふと視界の端に見慣れないものが映り込んだ。

「……」

コップから仲良く飛び出た二本のブラシ。
片方が赤葦のものではないことは一目瞭然だった。
私は頭が真っ白になり何も考えられないまま咄嗟に部屋を出ようと踵を返す。

「名前さん!」

慌てて大きな手が少し強めに私の手首を掴んだ。

「何で泣いてるんですか」

言われて初めて自分が泣いていることを自覚すると同時にずっと赤葦の優しさに胡座をかいていたのだと気付く。
途端感情の波が押し寄せ、私は混乱する頭を横に振った。
そうか、私は赤葦が好きなのだ。

「彼女いるとか、聞いてない…」
「いませんよ」
「嘘…」

部屋に来てからの私の行動を思い返して考えたのか、赤葦はこの話題の原因に辿り着くと膝を曲げて視線の高さを合わせ諭すように続ける。

「歯ブラシのことなら、あれは木兎さんのです」
「…え?」
「なんかバレーでスランプに陥ったらしくてこの間泣き付いて来たんですよ…」
「そ、そうなんだ」

先走った勘違いに羞恥を覚え視線を泳がせて誤魔化そうと試みるも、すぐに回り込んだ赤葦の瞳に捕まってしまう。

「自惚れてもいいですか?」

近付く端整な顔に思わず息を呑んだ。
緊張に震える唇に力を入れて真っ直ぐな視線を受け止めると赤葦は解放した手首を一撫でして私の髪を一房手に取り口付ける。

「そろそろ俺の物になって下さい」

その一連の行動は始終見惚れてしまうくらい流麗で私には不釣り合いな程に純粋だった。

「…後で要らないとか言ってもダメなんだから」
「何年も待ってたのにそんなことしませんよ」
「今までごめん…」
「その分これから返してもらいます」

そう言って赤葦は涙でぐちゃぐちゃの私を優しく抱き締めた。

   <<clap!>>