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曇った心(研磨&黒尾)

久し振りに顔を出した放課後の体育館にはもうあの出入りし始めた頃のような蒸した熱気はなくなっていた。
気付けば季節は秋に傾きあんなにも煩かった蝉の声はもう聞こえない。 
私はいつものステージ横の階段に陣取ると冷えた風の当たる足元にジャージを掛けてぼんやりとバレー部の練習を眺めていた。

もうすぐ通称春高バレーと言う名の大会の代表決定戦がある。
この大会の結果次第で3年は引退が決まり受験に専念するとの事だ。
要するにこれがクロさんと海さんと夜久さんにとって高校最後の試合になる。
そんな大切な試合を控えている我が音駒高校排球部はいつにも増して真剣に練習に取り組んでいた。
私とは対照的に汗を流しながら大きな声を出して動き回る彼らが何だかとても遠くに感じる。
同じ空間にいるのに何となく疎外感を覚えた私はジャージを鞄にしまうと今日は一足先に帰ることにし、部員達から逃げるように体育館を後にした。
真っ直ぐに向かった駐輪場にはまだ部活中の人達の自転車が疎らに止まっている。
私は自分の自転車のカゴに鞄を乗せると冷える指先で自転車の鍵を外す。
そして日が落ちてから吹き付ける風の冷たさに電車で来れば良かったと酷く後悔しつつ早々と帰途に着いた。

**********

部屋に入って携帯を鞄から取り出すと不在着信が二件来ていた。
どちらもクロさんからだ。
着信時間は今から20分も前で今更掛け直す気にもなれなかった私はLINEを送ろうとアプリを開く。
しかしタイミングよく来た三度目の着信にうっかり通話ボタンを押してしまった。

「やっと出た」
「すみません、自転車乗ってました」
「何で先帰んの」

いつものクロさんなら私が体育館を出る前にその事に気が付いたことだろう。
しかし今日はそんな余裕もなく練習に集中していたのだ。
言われずとも、次の大会に懸ける想いの強さも今この時期がクロさんにとってどれだけ大切かと言うこともわかる。

「急用を思い出しまして…」
「嘘吐け」
「…私にも思うところがある訳ですよ」
「ふーん」

何か言いたそうにはしていたが、クロさんにしては珍しくこれ以上踏み込んで聞いて来ることはなかった。
もしかしたら私の考えていることなんて全てお見通しなのかもしれない。

「まあもうこの時間暗ぇし、歩きの時は駅まで送るから勝手に帰んなよ」

そんな一歩引いたところからの優しさは今の私には丁度いい距離感だった。
私は手短にお礼を言って電話を切ると今後見学に行く日は出来るだけ自転車で通学しようと思い定めて携帯を机に置く。
するとそれとほぼ同時に震えた携帯の画面に今度は研磨からのLINEが表示された。

(…元気?)

毎日顔を合わせている人間に送るには些か不釣り合いな言葉に私はつい吹き出してしまった。

(元気だよ。なんで?)
(今日の名前、様子変だったから…)

どうやら研磨にまで気を遣わせてしまったらしい。
とは言え、誰よりも周りを見ている研磨が気付かない筈もないのだけれど…
そんな研磨相手にここからどう返信したらいいものかと考え倦ねていると、珍しく連続でメッセージが届く。

(何考えてるの?)

上手い言葉が見つからない私はもう心に有ることをそのまま送ることにした。

(私ね、大人になりたくない)

結局私はただのワガママで、得た物はそのままに失う現実だけを受け入れたくないのだ。

(おれも…)
(一緒だね)
(うん、同じ)

研磨の同調は私の気持ちを軽くさせた。
それが本心にしろそうでないにしろ、ただそれを吐き出させてくれたことで私は救われたのだと思う。

「名前ー、ご飯できたわよー」

一階から響いた母の甲高い声に急かされるように部屋着に着替えると私はやっと暖まって来た指先で研磨に返信を打つ。

(聞いてくれてありがとう)
(うん、また明日…)
(うん、またね)

そう会話を終わらせると携帯を机の上に戻して母の元へと向かう。
その足取りは帰宅した時よりもいくらか軽く感じられた。

   <<clap!>>