招かれざる客(黒尾)
午前中の授業が終わり毎度の事ながら孤独な昼休みが訪れる。
最近は唯一仲の良かった例の友人も部活仲間との付き合いに忙しいらしく、一緒に昼食を摂ることはほぼ無くなってしまった。
教室内の気温が大分落ち着いて来たこともあり私はわざわざ場所を変える気にもなれずポツンと孤立した机に弁当を広げる。
二段に重なった幅の狭いスマートな弁当箱の中身は下段に梅干しと海苔ご飯、上段にチキンナゲットと卵焼きとブロッコリーの塩胡椒炒め、そして彩り用にミニトマトが添えられていた。
私は真っ先にブロッコリーの塩ダレに侵食されつつあるミニトマトのヘタを摘まんで取り除き真っ赤な実を口内に放り込む。
その後も型崩れして見掛けの悪い部分から食べ進め順調に弁当箱の中身を減らしていると突然クラスの女子達がざわめき出し廊下側へ向かうのを視界の端に捉えた。
こぞって集まる彼女達の視線の先が気にならない訳ではなかったが、別段自分に有益なことでも無さそうだったので私は流されることなく残り少なくなった弁当にラストスパートをかける。
「悪い、このクラスに苗字 名前っている?」
聞き慣れた声がしたのと同時にクラスメイト達の視線が私に突き刺さった。
「あー、あそこネ」
声の主であるクロさんはその視線から私の居場所を導き出すと話していた子に軽くお礼をしてから何食わぬ顔で私の元へとやって来る。
「あれ、弁当箱変えた?」
「よく覚えてますね」
私は最後の一口を食べきると二つの長方形を重ねて元の形に戻し鞄にしまった。
「何かご用でしょうか?」
「用がないと来ちゃダメなんですか」
「基本的には」
「お前は何で俺にそんな冷たいワケ…」
いつものやりとりもこのギャラリーの中ではとんでもなくやり辛い。
周りの視線に耐え兼ねた私はクロさんの肩を軽く叩いて静かに立ち上がった。
「場所を変えましょう」
「え、なに?二人きりになりたい感じ?俺照れちゃう」
「……」
私は冷めた目でクロさんを一睨みすると一度も振り返ることなく教室を出た。
その間も他の生徒の視線を感じたが何かを言って来る訳でもないので弁明の余地もない。
私はいち早くこの空気から逃げ出したい一心で歩調を早めた。
「周り気にし過ぎじゃね?」
裏庭に着くと軽く汗ばみ息の上がる私とは対照的に呼吸一つ乱れていないクロさんが呆れ気味に呟く。
「クロさんは気にし無さ過ぎです。ただでさえデカくて目立つんですから…」
しかしあの様子だと女子からの支持率も高いことは一目瞭然だった。
今まで気にしていなかったが性格に難はあれど一般的にはそこそこいい男なのかもしれない。
私には全く理解できないけれど…
「世も末ですね」
「何の話だ」
「いえ…こっちの話です」
私は歯切れ悪く返しつつ日陰に移動すると段差のあるコンクリートに腰を下ろした。
「俺結構モテると思うんだけどー」
私の心を見透かしたようにそう話を蒸し返したクロさんは何処か楽しげだ。
自覚がある辺り本当に質が悪い。
「私チャラい人嫌いなんで」
「なに、研磨みたいなのがタイプなの?」
「……」
埒の明かないやり取りにはスルーで終止符を打ち、私は膝に頬杖をついてクロさんを見上げた。
「それで、何しに来たんですか」
「別にー。名前がちゃんとクラスに馴染んでるか見に来ただけ。案の定一人だったケド」
そうニヤニヤと笑うクロさんは「次は研磨んとこ見に行くしー」と続けたがこの人こそ友達がいないんじゃないかと逆に心配になった。
私は隣にしゃがみ込んだクロさんにじっと疑惑の目を向ける。
「何だよ」
「いいえ、ただ暇だなーと」
「お前は折角人が心配してるのに…」
「はいはいアリガトーゴザイマス」
そんな他愛のない話をしていたらあっと言う間に時間は過ぎ、ふと携帯の時計を確認すると休み時間は残り十分を切っていた。
私は先に立ち上がりスカートの埃を叩き落としてクロさんの方へ向き直る。
「では私はそろそろ戻ります。研磨の方は明日にでも偵察に行って下さい」
そう告げ踵を返そうとするとクロさんが神妙な面持ちで私を見上げていた。
「まだ何か?」
「名前もヒョウ柄とか履くのな」
「は?」
教室に戻ると普段なら話すことのない女子達から質問攻めにあったことは言うまでもない。
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