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傾いた月(月島)

最近名前の様子がおかしい。
今週は恒例化していた日曜のデートも断りを入れられたしいつもなら放って置いても来る筈の連絡も来ない。
かと言って僕から送るわけでもないから
何となく距離ができてしまったような気がする。
浮気と言う言葉が一瞬頭をチラついたがあの名前に限ってそんな度量があるとも思えない。
僕はそう決め込んで久々の一人の休日を満喫することに決めた。

**********

今や何でもネットの時代。
久々に訪れたCDショップは閑散としていた。
人も疎らな店内を見回しながら入り口付近にパネルが置かれていた現在売り出し中と思われる聞いたことのない歌手のCDを手に取り曲名なのか歌手名なのかわからない文字に視線を落とす。
最近は日本人なのにやたら横文字の歌手が増えたものだ。
そんなことを考えながら周りを見渡すと知らない歌手のジャケットばかりが目に付いた。
そう言えば社会に出てからと言うもの長いこと新譜のチェックをしていない。
よく20代半ば位からカラオケで歌う曲がないだとか最近の曲はわからないだとか言う話を聞くが恐らくこう言うことなのだろう。
自分もこうやって年を重ねて行くのかと思うと少し悲しい気持ちになったが、結局何も買うことなくCDショップを後にするとコンビニで弁当を買って帰途に就いた。

遅めの昼食を終えると時刻は14時を回っていた。
やはりどうにも物足りない。
いつもなら名前がいる左側が妙に涼しく感じていた。
名前と付き合う前の休日は何をして過ごしていただろう。
僕はもうずっと名前が隣にいてくれるものだとばかり思っていてそんなことも忘れてしまっていた。

**********

別段面白くもないテレビを付けたまま1時間が過ぎたところで流石に限界を感じた僕は携帯に手を伸ばして電話帳から名前の連絡先を検索する。
そして迷うことなく通話ボタンを押すと二度目のコールで電話が繋がった。

「…もしもし」

雷を受けたような衝撃に頭が真っ白になる。
携帯の向こうから聞こえたのは男の声だった。
時が止まったかのように僕が固まり言葉を失っていると電話口の奥の方から名前の怒鳴り声が聞こえそれと同時に電話はプツリと切れてしまった。

「なに、今の…」

呆気に取られ茫然と立ち尽くす僕の頭は混乱していて、やたらうるさい心臓の音ばかりが耳に付く。
あらゆる可能性が頭を駆け巡っては肯定と否定が交錯し一人頭を抱えていると考えが整理される前に来た折り返しの着信に肩を揺らす。

「もしもし?月島?」

通話ボタンを押すと今度は間違いなく名前の声がした。
しかし僕は何から話せばいいのかわからずに言葉を紡ぐことができない。

「もしもーし?月島ー!応答せよー!」
「聞こえてるよ」

そう返すので精一杯だった。

「最近連絡してなくてごめん。ちょっと色々あって…」
「さっきの男はなに?」

もう少し上手い聞き方もあっただろうに。
余裕のなさが見え見えな台詞に自分自身に内心舌打ちする。

「あー、あいつは…」
「名前風呂借りていいー?」

名前の後ろからまたもあの男の声がした。

「ふーん、そう言う関係なんだ?」
「ちょ、違っ…」
「どちらにせよそう言うのには順序があるデショ」
「誤解だってば!」

付き合っているのは僕なのに…
そう口から出かかったがこれ以上話しているとどんどん自分が惨めになりそうで、僕は名前の話になど聞く耳を持たずに一方的に電話を切ってしまった。

**********

もやもやとした気持ちを流すかのようにシャワーを浴びた僕は気付けばソファで寝てしまっていたらしく、数回に渡ってリズミカルに鳴らされたインターフォンの音によって目を覚ました。
これは間違いなく名前の押し方だ。
残酷な現実に引き戻される感覚に苛まれながらも訪れた彼女の為に渋々扉を開ける。

「新しい彼氏は放って置いていいの?」

本当はこんなことが言いたい訳ではないのに。
しかし口を衝いて出るのは名前を突き放すような言葉ばかり。
僕の悪い癖だ。

「言い訳があるなら一応聞くけど?」

僕は抑えきれない嫉妬心を胸に宿したまま名前を見下ろした。

「月島さ、ちゃんと私の話聞いてよ!」
「…取り敢えず、中入って」

玄関先で騒がれても困るので声のボリュームが上がっている名前を部屋に押し込む。
閉まった扉の前から動かない名前をお構いなしに僕はソファに腰掛けるとその膨れっ面を見据えた。

「それで?」
「…従兄弟だってば」
「は?」
「元々今日は叔母さんと中学生の従兄弟が東京観光で遊びに来るから予定空けてたの」
「じゃあ音信不通だったのは何?」
「職場に充電器忘れたり疲れて寝ちゃったり…ただの不慮の事故の重なりだよ」

なんてことだ。
よりによって中学生の血縁者に嫉妬していただなんて…
それ以上に、こんな些細なことで焦燥する自分に驚いた。

「…今ので3回目」
「え?」
「僕を苗字で呼んだ回数、ペナルティ追加ね」

僕は始終不満そうな名前を横目に自分の感情の乱れを誤魔化すようにキッチンに向かうと出したままだった水で喉を潤してから玄関の鍵を閉める。
そして振り返り様に名前の華奢な背中を抱き締めた。

「名前は四年前からずっと僕のだから」
「…とんでもない男に捕まったもんだ」
「離れるって言っても離すつもりないけど」
「うん…」

僕は屈んで距離を縮めると名前と鼻先を擦り合わせ小声で謝罪してから唇を重ねた。



▼あとがき
連絡取らなかったのは実は不慮の事故ではなくヒロインは気に掛けて欲しくてわざとやっていたと言う裏設定だったりします。

   <<clap!>>