夏の終わり(研磨&黒尾)
夏休みの宿題は毎年配られた日の休み時間に可能なものは全て終わらせている。
休み時間なんてどうせ他にやることもないし話したい相手もいない。
いい暇潰しだ。
大体、折角の夏休みの終盤に焦って勉強詰めだなんて馬鹿げている。
「と、思ってたんですけど何なんですかアンタら」
思わず辛辣な言葉が口から飛び出してしまった。
「貴重な最後の休みを俺達と過ごせる喜びを知れ」
と、偉そうに言うのは勿論クロさんだ。
その隣にいる研磨は居心地が悪そうに身を縮めて視線を泳がせている。
「まあ研磨はわかるよ、宿題同じだし。でもクロさんは来る意味ありますか?」
恐らく無理矢理連れて来られたであろう研磨をフォローしてからクロさんに向き直り冷たくあしらうもその足は早くも靴を脱ぎ「お邪魔しまーす」と呟きながら我が家に一歩上がり込んでいた。
「えー、じゃあ名前は研磨が一人で来たら部屋に上げんの?密室で二人きりになんの?」
冷やかすように捲し立てるクロさんを無視して私は一人台所に入ると一応客人の二人に麦茶を出す支度をする。
今日に限って母は留守だった。
そう言えば、いつもならクロさんは母に一言挨拶してから家に上がるのに今日の行動はまるで母の留守を知っていたかのようだ。
「クロさん、母がいないの知ってました?」
私は麦茶のコップをテーブルに置きながら勝手に部屋で寛ぐクロさんに問う。
「んー、何となくそんな気がした」
そう曖昧な返事をするとクロさんは鞄からプリントとペンケースを取り出した。
研磨は宿題がなかなか見つからないのか部屋の隅でゴソゴソと店を広げている。
「と言うか、本当にうちでやるつもりですか…」
「だからその為に来たんだっつの」
言いながら広げられた数枚のプリントにはしっかりと文字が記されているように思える。
「…これ、終わってますよね?」
「これから見直しすんの」
この人は本当に何をしに来たんだ。
呆れて物も言えなくなった私が項垂れているとやっと目的のものを見つけたらしい研磨が紙の束を持ってやって来た。
「おれは三分の一くらいまだ…」
「じゃあ終わってる方見るから貸して」
私は研磨に座るよう促すと白紙のプリントを進めるよう指示し、自分の宿題を隣に広げて既に回答済みの分の答え合わせをして行く。
二ヶ所だけあった答えの違う箇所にチェックを入れて今一度自分の回答を見直しながら横目に研磨の様子を窺うと着々と問題を解いていた。
クロさんに至っては既に全工程終わっており勝手に人様のベッドに寝転がっている。
「え、なに。二人とも全然余裕じゃん…」
私は怒ることも忘れただ茫然として一人ごちた。
すると早くも最後のプリントに手を付け始めた研磨がこちらをチラッと見て口を開く。
「…勉強、あからさまにできないと部活にも支障出るから…」
「まあ俺達はお前が寂しがってると思って来ただけだし?」
ベッドの上で肘枕をしてニヤつきながら見下ろすクロさんが私の背中をつついてちょっかいを出して来る。
考えてみたらこの人にとって今日が高校生活最後の夏休みなんだ。
三人で過ごす最後の夏休み。
「…クロさんだけ留年すればいいのに」
「はぁ?!」
「クロと同級生とかやだ…」
真意は秘められたままただの嫌味として伝わったその言葉は私の心に重く圧し掛かった。
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