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覚醒のキス(及川)

休日は時間なんて気にしないでゆっくり眠りたい。
私が常々思っていることだ。
しかし転勤で実家に帰って来てからと言うもの、引っ越しやらその荷解きやら各種手続きやらで休日は悉く潰れて行った。
それが一通り落ち着いた今日。
やっと明日はゆっくり過ごせる、そう心から喜びを感じ私は深い眠りについた。

**********

今日も岩ちゃん家で勉強会予定の俺は帰りのHRが終わるとすぐに岩ちゃんのクラスまで迎えに行って一緒に帰途に就いた。
岩ちゃん家まであと少し。
今日は名前ちゃんいるかなー、なんて考えながら歩いていたら突然隣で岩ちゃんが声を上げる。

「やべっ」
「どうしたの?」
「ジャージのポケットにケータイ忘れて来た…」
「岩ちゃんが忘れ物なんて珍しいね」

本人も不覚とばかりに舌打ちをしている。

「ちょっと取って来るわ、先部屋入ってろ」
「おーけい」

投げ渡された鍵を受け取ると岩ちゃんの背中に手を振り俺は一足先に岩泉家へと向かう。
一人になるとほんの数分で着く距離がやたら長く感じられたがその足取りは軽い。


「お邪魔しまーす…」

家に着くと渡された鍵を使い静かに中に入った。
脱いだ靴を揃えていつも通り岩ちゃんの部屋を目指し階段を上がって行くが、やはり手前の部屋が気になり扉の前で立ち止まってしまう。

「……」

耳を済ましてみたが物音はしない。
今日は名前ちゃんは留守なのかと肩を落とした俺だったが、ふと出来心でドアノブに手を掛けてみる。

(見るだけ、見るだけ…)

自分に言い聞かせるように心で呟きながらゆっくり扉を開くと隙間からふわりと香る女の子の匂い。
その先に現れたフローリングには先日訪れた時は幾らかダンボールがあった気がしたが、今は綺麗に収納され床に散らばっていたものもなくなっていた。
とは言え一瞬の出来事だったので定かではないけれど…

「なんかイイ匂い」

女性の部屋に入ったのは初めてではないが、名前ちゃんの部屋は妙に心地の良い香りが漂っていた。
その香りに誘われるように一歩足を踏み入れる。
するともぞり視界の端で何かが動いた。
心臓が跳ね上がり思わず声を上げそうになるも何とか堪え、その正体を確認しようと恐る恐る近付いて行く。
すると…なんと、そこにいたのはベッドでおやすみ中の名前ちゃんだった。

「え…」

予定外の出来事に混乱した頭を落ち着かせようと深く息を吐き出す。
そして改めて名前ちゃんを覗き込むと天使のような寝顔につい見惚れてしまった。
いつもの薄化粧も良いけれど、スッピンだとこんなにも可愛らしくなるのか。

「ん…」

俺の方を向いていた名前ちゃんがくぐもった声と共に寝返りを打つと布団の合間から小さな後頭部が現れる。
無防備過ぎやしないだろうか。
暫く黙って見ていた俺だったがやたら漏れる声に抑えが利かなくなりつい手が出てしまった。

耳周りのつやつやな髪に唇を落とすと名前ちゃんは擽ったそうに身を捩って反応する。
シャンプーと名前ちゃんの匂いが混ざった布団に吸い寄せられるようにしてそのままベッドに体重を掛けて行くと寝惚け眼で名前ちゃんが振り返った。

「んぅ…」

すぐにその桜色の唇を塞ぐ。
まだもう少しこの甘い空気を堪能していたかった。
状況を把握できていない名前ちゃんは布団越しに俺の胸を叩くが、それに気付かないフリをして更に深く口付ける。

「ふっ、ゃ…」

その湿った瞳に俺はちゃんと映っているだろうか。
そんな馬鹿なことを考えながら何度も何度も角度を変えて口付け、名前ちゃんの口内を一頻り堪能するとわざと透明な糸を引かせて唇を離した。

「キスの時は目を開けちゃいけません」

未だに呆然とする名前ちゃんに囁く。
名前ちゃんは蕩けた目で暫く俺を見上げていたが頭の整理がついたのか一気に顔を赤くさせた。

「え、ちょっなんで…」

いつもの澄ました態度からは想像もできないような反応に自然と笑みが溢れる。
ああ、また一つ彼女を好きになってしまった。


「たでーまー」

雰囲気をぶち壊すような岩ちゃんの声がこの短くも幸せな時間に終わりを告げる。
俺は最後にもう一度だけ彼女の唇を啄むと先程上がったばかりの階段を降りて行く。

「おかえりなさい、岩ちゃん!」
「及川テメーなんでまだ荷物持ってんだよ」
「んー、筋トレ」
「馬鹿言ってんじゃねーぞ」

来週の月曜も楽しみだ。

   <<clap!>>