百花繚乱の席(in合同練習)
夏休みは早くも終盤に差し掛かり、最後の週末を迎えようとしていた。
クロさんから送られて来た合同練習の日程表とにらめっこをしていた私は長時間検討を試みたが、結局答えを出すことはできないまま考えることを止める。
明日のことは明日考えよう。
そう胸に決めてベッドに入った。
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折角の夏休みだと言うのに一体何度学校へ足を運んだことだろう。
厳しい残暑に負け夕方からとは言え、結局来てしまっている自分にまたもうんざりする。
駐輪場に行く途中通った校舎裏には見たことのない小型バスが止まっていた。
例の宮城の人達はあれで来たのだろうか…
私は日の沈まぬうちにとペダルを漕ぐ力を強め、急ぎ足で自転車を駐輪場に止めると近付くに連れ騒々しさの増す体育館へ忍び寄る。
こっそり例の小窓から中の様子を窺ってみたところ、いつもの何倍も人が集まり練習をしていた。
「おいツッキー!いつまで"見る専"やってる!?」
そう声を張るのはクロさんだ。
相変わらず通る声なので何処にいるのかすぐわかる。
ツッキーと呼ばれた眼鏡の男は他の人達と比べて覇気のない様子でクロさんとリエーフ、あと何だか豪快そうな男のいるグループに加わり練習が再開した。
全然見たことのない人達と見慣れた部員達が仲良くそして時に競り合うように練習する様は何だか不思議な光景に思えたが、今日は目立たないようにジャージにスニーカー装備なので長期戦でも大丈夫だと私は安心しきって練習を眺めていた。
「そろそろ試合始めるぞー」
監督の一声であらゆるところからラストの声が響く。
誰のものとも知れぬボールがコート内にあちこちバウンドして四方八方に散らばり、壁に当たっては床に転がる。
それを悠長に見ていた私はその行く先が自分に向かうだなんてこれっぽっちも思っていなかった。
そんな油断した私の元へ一つ、ボールがまっすぐ転がって来る。
――これはまさかのデジャヴ。
慌ててその場を去ろうとするも凄い勢いで球拾いに来た男と目が合う。
「あれ?お客さん??でもそれ音駒の…」
「いや、あの…」
「ボゲ日向ボゲェ!早く戻んぞ!」
後ろから急かされた彼は困ったように私と声の主とを交互に見ていたが、私が唇の前に指を当てて「しーっ」とサインを送ると小さく頷いて戻って行った。
危うく練習を中断させてしまうところだった…
と、安堵のため息を漏らしたのも束の間、嵐はすぐにやって来る。
「ヘイヘイヘーイ!」
「すみませ…黙ってた!です、けど…!」
嘘が吐けないタイプなのだろうか。
私の存在は少なくともこの豪快そうな男にはバッチリバレてしまったようだ。
「それは音駒のジャージ!まさか黒尾のカノ…」
「違います」
イキナリ絡んで来たその男に即答する。
しかしながらやたらと攻め気な体勢にたじろいでいると後ろから救いの手が差し伸べられた。
「うちのエースがすみません。ほら木兎さん、行きますよ」
銀髪の彼を制し軽く頭を下げた黒髪の男の今までにない大人な対応に、不覚にもときめいた私がいた。
床に散らばったいくつものボールを急ぎ足で拾う部員達の声がこだまする。
コートでは練習試合の始まりを知らせるホイッスルが鳴った。
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「イラッシャーイ」
人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったものだ。
見上げずともわかるその声の主に視線を合わせることなく眉根を寄せる。
「皆さん口軽過ぎですね」
どうやら唯一試合をしていないうちの排球部は球拾い兼休憩中らしい。
「…名前、そこ好きだね」
「研磨さんが冗談を!?」
「犬岡、うるさい…」
見知った面々が目の前にこぞって座り、アウェー感からはいくらか解放された。
が、居辛さは否めない。
気付けば明るかった空は暗くなり始めうっすらと白い月が見えている。
「大分暗くなって来たな」
「名前ちゃん寒くない?中入って来たら?」
海さんが気を遣って体育館の入り口を指差しながら声を掛けてくれたがそこまでの踏ん切りはつかず、私は首を横に振るしかなかった。
しかしそんな私の気持ちなんて知る由も無く、いきなり後ろから首根っこを掴まれたと思ったら強制的にその場を退かされる。
「え、ちょっ!なに?」
振り返るとクロさんが不機嫌そうに私を見下ろしていた。
引き擦られるようにして体育館に収容された私は大人しく皆に紛れることにし腰を下ろす。
「堂々としてりゃいんだよ」
小さくなっていた私に投げ掛けられた言葉は乱雑だが何処か安心感のあるものだった。
「そーですよ!ここうちの学校ですし!」
と、リエーフも続く。
いくらか気持ちが軽くなった私は少しの間この貴重な空間を堪能することにした。
暫くするとうちのレギュラー陣はコートに入ってしまいその場は閑散としたものの、他校からの好奇の視線を適当に往なしながら間を持たせる。
そしてうちの試合が終わると近くの人にだけ軽く挨拶をして一足先に体育館を後にした。
学校から一歩出ると街は静寂に包まれており、少ないけれど幾許かの星が空を飾っていた。
肌寒さに肩を震わせながら駐輪場に向かい、これ以上冷え込まないうちにと自転車に跨がってペダルを漕ぎ出す。
今日いた人達との練習は私まで息を飲むような瞬間があった。
次会うとしたら公式戦なのだろうか。
そんなことを振り返りながら帰途に着く。
私は無意識のうちに次の試合を楽しみにしてしまっている自分に気付くと一人首を振り鼻歌を歌って誤魔化した。
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