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青天の霹靂(影山)

「つ、付き合って下さい!」

昼休みの体育館裏。
自販機でジュースを買っていると他人の告白現場に遭遇した。
震える声で気持ちを伝えていたのは小柄で可愛い系の女の子だ。
雰囲気的に相手は上級生だろうか。
然して興味はなかったが丁度暇を持て余していたので野次馬よろしく物陰からその恋の行く末を見守ることにし、ストローの封を切って紙パックに差し込みつつ男の返答に聞き耳を立てる。

「何やってんだ?」

前方に意識を集中していたところにいきなり背後から声を掛けられ心臓が跳ね上がる。
驚きのあまり紙パックを思い切り握り潰すと今しがた挿したばかりのストローから盛大に飛び出したジュースがコンクリートの床に無数のシミを作った。

「な、なんだ飛雄か…」
「なんだとはなんだ」
「驚かさないでよ、溢したじゃん」

振り返り声の主を確認すると文句を垂れながらティッシュで濡れた頬を拭う。
飛雄はそんな私のことはお構いなしに自販機に小銭を入れ飲むヨーグルトのボタンを押した。
丸めたティッシュをポケットに入れ元の位置に戻ると同じように飛雄が隣に並び、二人してストローを咥えながら体育館の方へと顔を出す。
しかしそこにはもうあの二人の姿はなかった。

「あーあ、行っちゃった…」
「猫でもいたのか?」
「なんか女の子が告白してたんだよ」
「……」
「興味無さそうだね。まあ私も暇だから見てただけなんだけどさ…」

飛雄の紙パックがみるみるうちに萎みズズズッと残り少ない中身を吸い上げる音が響く。
そして早くも空になったそれを飛雄はゴミ箱に投げ捨てた。

「名前はそう言うの無縁そうだもんな」
「悪気がない所がホントムカつくわ」

言われるまでもなく、私は異性の友達は複数いるが恋愛対象として見られるようなタイプではない。
言われっ放しは癪なので私も何か悪態を吐きたいところだが、悔しいことに飛雄はそれなりにモテるのだ。
確かにちょっと目付きは悪いけど整った顔立ちをしているし身長だって高い。
頭の出来はともかくとして異性からモテる要素は何かと申し分ないのだ。

「なんだかんだで飛雄はモテるから羨ましいよ」
「俺、告白とか全然されたことねぇけど…」

余程意外だったのか飛雄はもごもごと語尾を濁して目を泳がせる。
それもその筈。
私達は幼稚園からの付き合いだが飛雄はバレーを始めてからと言うもの完全に他が目に入らなくなってしまい、中学に上がる頃にはそのバレー馬鹿っぷりはとても有名で想いを寄せていた子達もだんだんと愛想を尽かし、恋心はやがてただの目の保養、所謂観賞用と言うカテゴリーに切り替わって行った。
現実味のない恋愛には食いつかない、女とは強かで合理的な生き物なのだ。

「告白に至らずとも少なからずファンみたいな子達は結構いるよ」

一応差し障りのない事を言ってフォローしておく。
この男に恋愛のいろはを語ったところで理解されるのは何年先かわからない。
下手をしたら一生理解されないかもしれない。
飛雄より大分遅れて飲み終わったジュースの紙パックを潰して先程のティッシュと一緒にゴミ箱に捨てると私は教室に帰ろうと踵を返した。


「まあ俺は名前以外興味ねぇからどうでもいいけど」

サラリととんでもない台詞が聞こえた気がする。

「……え?」
「…いや、ちがっ、今のはその…」

自分でふっかけておきながら動揺し一歩後退る飛雄の顔は耳まで真っ赤だ。

「まだ言う予定じゃなかったのに…クソッ!」

そう悔しそうに拳を振り下ろし思い切り顔を背けて一人吐き捨てる飛雄からはいつもの威圧的なオーラは消えていて年相応の男の子に見えた。
かく言う私も柄にもなく慌てており無意味に目を瞬かさせたり乱れた髪を整えたりして落ち着きを取り戻そうと必死だった。
そんな私を見て逆に冷静さを取り戻したのか飛雄は一度深呼吸をして私に向き直る。

「そう言うわけだから付き合って下さい、コラ」

語尾におかしな言葉がついていたが今はそんなことは気にする余裕もない。
飛雄の真っ直ぐな視線に捕まった私は目を逸らすことができずその場に立ち尽くす。
どうせ友達で上手く行っているのならそのままでいいと思っていた。
今の関係が崩れることを恐れ、今まで蓋をしていた気持ちが一気に溢れ出す。

「よ、よろしくお願いします!」

人の恋路を見守るつもりがとんでもない展開になったものだ。
斯くして私達は恋人同士となった訳だが、後に聞いた話によると実は何年も両片想いだったらしい。

「こんなことなら早く言えばよかった、ホント馬鹿みたい」
「全くだ」
「まあ飛雄は本当に馬鹿だけど」
「…!」

今日も地球は平和です。

   <<clap!>>