暴かれた隙間(黒尾&リエーフ)
これと言って自己紹介をし合った訳ではないけれど、部活に顔を出すうちに部員の名前は大体把握した。
未だに顔と名前が一致しない人も一部いるが、会うと声を掛けてくれる人は概ね覚えられたと思う。
特に例のきっかけを作った長身一年生のリエーフ。
人懐っこくやたらと絡んで来る彼を初日に覚えたことは言うまでもない。
「名前さーん!」
水飲み場でジャグのドリンクを作っていたリエーフが早速こちらに気付いて思いきり手を振った。
「どうも」
私はつられて手を振るなんてことはなく軽く会釈をする。
すると私の反応が不満だったのかリエーフは中身がなみなみと入った重たいジャグを片手に駆け寄って来た。
「なんで名前さんはそんないつもテンション低いんでっ…うぁぁあ!」
猪の如く直進して来たリエーフだったがその長い手足が災いしたようで、ジャグに当たった足が自らの足を蹴って器用にも己の足同士を絡ませながら盛大に転んだ。
ジャグの蓋が開いてその中身が宙に弧を描く。
一連の流れがスローモーションで私の目に映り、迫り来るドリンクの雨に備えて両手で頭を覆うとぎゅっと目を閉じた。
――バシャン!!
液体が地面に叩き付けられる音が響く。
「なーにやってんだリエーフ!!」
同時にクロさんの怒声も響いた。
「すっ、すんません…!」
リエーフは忙しなくクロさんと私を交互に見て謝罪する。
なんだこのベタな展開は。
前髪から滴る爽やかな匂いの液体に口元を引き攣らせた私はその場に項垂れた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫とはどのような状態を言うのでしょうか…」
クロさんが駆け寄り自分のスポーツタオルを差し出す。
なんとなくクロさんの汗で湿っていたように感じたが、それ以上に濡れている私にしてみればそんなことはどうでもよかった。
「はぁ…」
せめてこれが水ならば良かったのにと心底思う。
何度タオルで拭ってもベタつきを伴う皮膚にため息を漏らした。
ふと水の滴る先に視線を落とすとTシャツはピタリと身体に張り付き、ボーダー柄だからと油断していたが、白い部分からはうっすらと下着の水色が覗いている。
クロさんは平謝りするリエーフにジャグのやり直しを命じてその場を離れさせると着ていたジャージを投げ渡した。
「…そのマニアックなチラリズムやめなさい」
「見苦しくてすみませんね」
「いいからさっさと着ろ」
「スポドリ浸けになりますよ?」
「いーから!」
強く言われ渋々ジャージに袖を通す。
「着替え…なんか持ってるわけないよな」
「勿論です」
「はぁ…ちょっと待ってろ」
そう言うとクロさんは夜久さんに事情を説明し着替えのシャツを確保してくれた。
部室に案内されシャツを受け取ると私は深々と頭を下げてお礼を言い、一人になるやすぐ様ジャージとびしょ濡れのTシャツを脱ぎ捨てる。
借りたままのタオルで髪と身体を拭き取ってはみたものの、下着自体が濡れている為再び水気がシャツに移るのは目に見えていた。
「ダメだこりゃ…」
私は涼しい格好で帰ることは諦めそのままジャージを羽織ると体育館へ戻りクロさんに声を掛ける。
「これ、借りて帰ってもいいですか?」
ジャージの襟を摘まみながら問うとクロさんが不思議そうに首を傾げた。
「別にいいけど、なんで?」
「下着が濡れてるので着替えてもすぐ湿りそうなんですよ…お借りしたシャツは白ですしシミとか作ったら悪いので」
「あーそう言うコトね。って、今その中シャツ着てねぇの?」
「はい」
「なんかエロいな、それ」
「は?」
「何デモアリマセン」
私は再び部室に向かい部屋の端にあったコンビニ袋を拝借して水の滴るTシャツを入れる。
借りたけれど手付かずのままの夜久さんのシャツは元の位置に戻しておいた。
家に帰って早くシャワーを浴びよう。
幸い今日はスニーカーだ。
私は小走りで家へと走り出す。
ブカブカのジャージからは汗と柔軟剤の匂いがした。
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