10

「! 空目!」
「先に行け!」
 俊也が異変に気づき空目に確認を取ると、空目は短く頷いて、俊也を先に行かせた。その後を追って武巳、稜子、亜紀、空目と続く。
 五人が目指しているのは、海原邸だった。
 朝、空目が梗華に貰ったメールを文芸部のメンバーに送り、10時前に空目邸の前に集合し、海原邸を目指していた。
 時計を確認すると10時過ぎ。そんな時に海原邸の方から、肺から絞り出すような、喉も張り裂けんばかりの悲鳴が聞こえた。
 そして、それを追って文芸部のメンバーは走り出した。



「アアアアァァぁあああああアぁあああ」
 俊也が海原邸の前へたどり着いたとき、中の庭では悲劇が起きていた。
 門に傾れかかって、顔を覆いながら血まみれで梗華が悲鳴を上げていた。
 梗華の目の前には倒れて僅かに蠢く母親らしきものがいた。ただし、これも血まみれで。
 開け放たれた玄関の扉からは玄関のタイルに血が飛んでいるのが見え、扉のすぐそばに父親らしき人物が倒れている。廊下には椅子があり、椅子の足には血が付着していた。血痕は、廊下の途中から梗華の目の前まで続いている。
 俊也は、絶句した。
「―――…」
「村神っ! …っ!?」
 続いてきたのは武巳だった。武巳も、中の様子を見て言葉を失った。
 やがて、稜子、亜紀、空目と順に来た。全員が言葉を失う中、空目は一人冷静に携帯電話を取り出し、電話をかけた。おそらく、黒服の連中だろう。
 一言二言話しおえると、空目はぱたんと携帯を閉じた。
「何をしている。海原はいま話せるか?」
 俊也がはっとすると、空目はため息をついて門をぎぎ、と引いた。
 梗華は背中を預けるものがなくなったが、倒れることはなくその場に蹲り続けていた。
「海原」
 空目が短く梗華の名前を呼んだが、反応はない。小さな悲鳴を上げながら放心していた。その姿はよく見れば凄惨だった。赤いと思っていたのは白いワンピースで、それは――梗華のものに限らず――血で染まっていた。綺麗な白い髪も、斑に赤くなっている。腹部からはありえないほど出血していて、蒼白な顔面も、右半分はべったりと血が付いていた。
「海原」
 空目の声に反応して、他のメンバーも動き出した。
「梗華ちゃんっ!」
「ちょっと、!」
 稜子と亜紀はすばやく梗華の怪我の処置に回った。持っていたハンカチを裂いて右目をきつく止血し、腹部にエプロンだったであろう布を巻き、稜子がコートを着せてやる。
「近藤、行くぞ!」
「え? あ、ああ!」
 俊也と武巳が、家の中の様子を調べに回った。
「梗華ちゃん、梗華ちゃん…っ!」
「…どうした、日下部」
「恭の字…この子が、名前を呼んでも反応しないんだ」
 稜子が梗華の身体を揺すりながら名前を呼ぶが、梗華に反応はない。悲鳴は聞こえなくなったが、瞳は虚ろで、梗華の身体から、血液とともに心まで流れ出てしまったのではないか、疑えるほどだった。
「海原」
 空目も、再度名を呼ぶが反応はない。
「海原、」
「「!」」
 稜子と亜紀が目を瞠る中、空目は躊躇することなく梗華の身体を抱きしめた。空目の黒服に梗華の血が擦れて、深くどす黒い色をつくる。
「海原」
 抱きしめたまま、もう一度、梗華の名を呼ぶ。
「海原」
 もう一度。
「……梗華」
 空目が、梗華を抱きしめる力を強くしたかと思うと、ふいに名前を囁いた。梗華がぴくりと身じろぎ、瞳にぼんやりと光が灯った。
「梗華」
 もう一度、今度ははっきりとその名を呼んだ。
「恭……一…?」
 梗華が、小さく空目の名前を呼ぶと、空目は梗華の身体を押しやるようにして身を離し、後は頼んだと稜子に言い残して門の方へとスタスタ歩いていってしまった。門の外には黒塗りのバンが二台停まっていて、見慣れた男が空目と会話していた。男はちらりと梗華を見ると、あからさまに眉をひそめた。

 

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