short | ナノ






あと二週間



「つーわけで! 俺は喫茶店やりたい!!」
「黙れ樋口」
「大体喫茶店なんてありきたりすぎじゃない? 絶対どこかのクラスと被るよ」
勢い良く言い切った樋口の案は水鏡と氷雨によって即刻却下された。
「だからメイド喫茶とか執事喫茶とかさ! メイドなら桔梗ちゃんがNo1だし、執事なら水鏡が指名No1執事になれるぞ!」
「樋口君、執事とホストの違い分かるんだ?」
「…羊喫茶ってなんだ、凍季也。準備が大変過ぎるだろう」
「桔梗は知らなくていい世界の話だ」
「そうか。わかった」

結局樋口の"喫茶店"と"普通はつまらない"という主張だけを採用し、女子ウケを狙った、ヨーロッパのアフタヌーンティーをイメージした喫茶店を作り上げることになった。
女子ウケというのは女子は基本的に集団で動くものだし、彼女が釣れれば彼氏も釣れるのでは、という魂胆によるものである。(参考:水鏡・桔梗カップル)

「氷雨、ちーずけーきはこんな感じでいいのか?」
おそるおそる、といった体でボウルを見せたのは桔梗である。氷雨いるの方向に斜めに傾けたボウルの壁を生地がとろりと流れる。
桔梗は料理は作れてもケーキなどのお菓子の類いはあまり作らないらしく、初心者丸出しでぎこちなく泡立て器を扱っている姿は見ていて微笑ましい。
「うーん、もう少し混ぜてもいいかな」
そんなお菓子初心者な彼女と組んだのは桔梗とは真逆にお菓子作りの上手な氷雨。
「だからね、桔梗ちゃん。オーブンにくっついてなくてもちゃんと生地焼けるから。ケーキになるからね? 効率わるいから片付けとかしておこう」
「まだ膨らまないぞ、氷雨」
「うわあ話聞いてないこの子。でも可愛い」

「水鏡ー! お前も手伝えよ!!」
「断る」
「いや、断るなし!」
既に教室からは扉が外され、カーテンが付け替えられ、黒板にはメニューが書かれている。
「働かないなら当日にキッチン担当の桔梗ちゃんにウェイトレスの格好させて、悪い虫がじゃんじゃん寄り付きそうな場所に立ってもらうからな!」
教室のど真ん中でぼんやりしていてぶっちゃけ邪魔な水鏡に脅しをかけてみる。これで動かなければ帰らせようかな、うん。
「樋口…。何をすればいい?」
「痛い痛い痛い痛い!! 肩もげる! 水鏡! ちょ、ギブギブ!」
ギリギリと無駄に握力を発揮し、目が据わっている水鏡からなんとか逃げ出した樋口は笑顔で看板を嫁バカに手渡した。
「前の入り口な! あとそこにティッシュの花付けるから脚立は放置でいいぜ!」
「そんなもの無くても届く」
「まじで身長分けてくんないかな! 爆発しろ水鏡!!」

「氷雨! 焼けたぞ!」
結局桔梗はオーブンの前に椅子を持っていって陣取り、焼き上がりまでをずっと観察していたらしい。
「じゃあ桔梗ちゃん、みんなのとこ持っていこうか?」

「よっし、水鏡! 花付け終わったぞ! どうよ、俺の美的センス! パーペキじゃね?!」
「もう少し綺麗に花を作れなかったのか、お前は。あの赤いやつ、随分と形が歪だが」
「手伝わなかった奴に言われたくねぇ!」
「はいはーい、注目」
「ち、ちーずけーきとやら作ってきたぞ!」
「桔梗ちゃんが作ったんだよー」
「ち、違う! 私は混ぜただけだ!」
「うん水鏡。桔梗ちゃんのこと好きなのわかるけどワンホール食べたらダメだからな!?」
樋口の言葉にがっつり舌打ちし、せめて男には食わせるもんかと周りを威嚇しはじめた。この程度ならまだいい方だ、と判断され、誰にも突っ込まれずにいるうちに護衛対象(チーズケーキ)は姿を消した。
「美味しかったねー。さすが桔梗ちゃん」
「だから作ったのは氷雨で…っ!」
「桔梗ちゃん、メニューのもの一通り作ってよ。試食したーい!」
「ちょっと待て樋口。なぜお前が試食するんだ?」
「黙ってバカガミ」
氷雨の言葉に照れたように返す桔梗を見て三人が和んでいる。あいかわらず、樋口と水鏡の扱いはひどいようだが。
「一通り、と言ったら…」
「チーズケーキ、シフォンケーキ、ガトーショコラ、メープルマフィン、パンケーキ、ホットドッグ、白玉あんみつ、いちごパフェ、ババロア、カフェオレ、アイスココア、紅茶くらい?」
「ま、待て、明らかに多いぞ!?」
「たしかに多いなー」
「というか、桔梗の得意なものがまったくないな」
「そうなんだよねえー」
氷雨がすらすらとメニューをあげると、桔梗があたふたと水鏡の袖をつかむ。
「じゃあ、あたしんちで毎日練習する?」
「…ぜ、是非…」
「じゃあその間、俺は水鏡と衣装でも探してくるかー」
「担当だっけ?」
「近場のユニクロとドンキは押さえられたからね。遠出しなきゃ」
衣装は正直、作るより買う方が安い。なにより今回は制服をうまく着崩せばそれらしくなる。
水鏡がめんどくさそうな目で樋口をみた。
「言いたいことはわかるが、まあ堪忍しろ」
「はぁ…」
「凍季也、うまく出来たら食べてくれるか?」
「当然だ」
四人だけで文化祭やるんじゃねーだろ!とクラスメートに突っ込まれ、四人は顔を見合わせて笑った。



(文化祭が始まるまで、)