今日はオムレツ記念日。 「よし、今日はオムレツ記念日にしようと思う」 「どっかのサラダ記念日みたいに言うな」 同居人が突然おかしなことを言い出したものだから、ユーリはじっと見つめていた紙から顔を上げてその声の主に返した。 「ナイスなツッコミだね。けれどもそんなもので私を止められると思わない方がいいわ」 「うるせーバカ」 こんな屁理屈地味た、訳の分からないことを言うのは今に始まったことじゃないので、その返答ももう手慣れたものだ。 「ローウェルは私にだけ冷たいよね。エステルちゃんとかには優しいのに」 同居人ことアイリスは、芝居がかった様子でため息をついた。 「俺が優しくねぇのはアイリスとフレンとおっさんだけだからな」 「ねぇレイブンはともかくなんでわたしとフレンが」 「気にすんな」 窓から身を乗り出していたアイリスは、部屋の中をうろついたあとベッドにダイブした。ベッドに寝ていたラピードが驚いて飛び起きる。 「飛び跳ねんな」 「ちがいます。飛び込みました」 どっちもするな、とユーリはベッドに近付いてアイリスの頭をがしっと掴む。アイリスが奇声を発した。 「ぷぎゃー! ローウェルくん、力が強くないかな?! ねぇ!」 仮にも住まわせてもらってる身で何を抜かすかとユーリは呆れかえる。 「ごめんなさい! ごめんなさい、もうきっとしないから離してぇ…!」 さすがに痛そうに眉を寄せたので、やりすぎたかと手を離す。途端にアイリスは立ち上がってベッドメイクをし、先ほどまでユーリの座っていた席に腰を下ろした。 「で、今日はオムレツ記念日なわけですよ」 「だから訳が分からん」 これが本題だったのかよと内心突っ込む。三秒で諦めた。 「オムレツ記念日って言ったら、ねえ。ローウェル、オムレツを食べるんだよ」 「いやだからなんでオムレツなんだよ。つうかそのローウェルって止めろ」 今更ながら、俺はものすごく電波な女と暮らしているんじゃないかと、ユーリの頭を恐ろしい発想がよぎる。 「だって、みんなユーリ、って呼ぶから。わたしが呼んだってわかるようにするには、みんなが呼んでない呼び方の方がいいんじゃないかって」 アイリスが少しだけすねた子どものように言う。 出会った当初は、たしかにアイリスはユーリと呼んでくれていた。いつからか、ローウェルとしか呼ばなくなった。それはたしか、エステルと下町に帰ってきた時じゃなかったか。あるいは、カロルと出会ったときか。リタと出会ったときか。 ああそうか、とユーリはやっと腑に落ちた。 「寂しかったのか、アイリス?」 首を傾げると、髪がさらりと流れ落ちた。あとで結おう。 「ちがいます」 アイリスは一瞬動揺したように視線を泳がせ、すぐに真っ直ぐユーリの目を見つめ返してきた。 「ヤキモチですおバカ」 言ったあとに、少し照れたように顔を背ける。 「ヤキモチ?」 「そう。悪い? ううん、悪いはずなんてないね。うん、多分だけど。悪くない、そうわたしは悪くない」 自分に言い訳をしているのか、いつも通りの不遜な態度なのか、ユーリ的にはただの照れ隠しであってほしいものだと口の端をつり上げた。 「悪くねーな。そういう理由なら」 アイリスが振り返る。 「けど、俺はアイリスの声に呼ばれたら、なんて言われたって一番に気付くぜ」 さすがにベタだったか、と思いながらアイリスの隣に立つと、アイリスはユーリを見上げて目を見開いた。 「呼べよ、」 俺の名前を。 「ユー、リ」 若干の間を空けて。 電波上等、俺にとってはあばたもえくぼ、可愛いもんじゃねえかとアイリスに笑いかけると、アイリスも笑い返してきた。 「ユーリ」 「ん?」 楽しげにユーリの名前を呼ぶ。 「ね、ユーリ」 可愛いと思いながらも、直感で良くないことを言われると察する。 「わたくしオムレツ食べたいです。オムレツ」 「おい結局そこに戻るのかよ」 思わずユーリが突っ込んでしまうと、アイリスはうん、と頷いた。 「ユーリのオムレツが食べたくなったから、今日はオムレツ記念日」 「その理屈でいくと年中記念日だらけだろ」 「いや? 記念日は特別だから、そんなにないよ」 変なとこで常識的になってんじゃねーよと頭をはたくと、ユーリは髪を一つに結い上げる。 「しゃあねえな。普通のでいいのか?」 エプロン探すのめんどくせぇからもういいや、とキッチンに向かうと後ろから「半熟ふわとろ!」とリクエストが飛んできた。 今日はオムレツ記念日。 (絶対に俺から離れない自信があるから、)(こんな態度をとってんだよ) (友人へ愛を込めて!) |