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正直者は馬鹿を見る



「自分、きーちゃんことめっちゃ好きやねんで」
「へー」
「……信じてへんやろ」
桜上水中学校、三年二組の教室。夏真っ盛りで、まだ教室内には受験のピリピリした空気は流れていない。
窓際最後尾の座席に、ひとりの少女が座っている。ややつり目でキツい印象をうける。たいして、その正面の席の椅子に座っているのは、なんと金髪の少年で、少女に何事かを話しかけている。
「ちゅーかなんなん、きーちゃんは俺の話聞く気ないんか?」
「いや、なくはないけど。サッカー楽しそうだなあと思って」
「え、いや、俺んこと? それとも外の部活んこと?」
「部活」
「あそ」
グラウンドでトレーニングをしているサッカー部をじっと眺めながら適当な相槌を打ってよこす少女、桔梗に、シゲは諦めたように息をついた。
「俺かて代表やっとんのやけど」
「それはすごいと思うけど、応援いけないじゃん」
「え、来たいん?」
「水野や不破君いるしね」
「せやから俺は?!」
外はまだまだ明るいが、時計の針は四時を過ぎている。まだ引退していないシゲが教室にいるのには、補習を受けなければならないという立派な理由があるのだが、ここでは割愛しよう。
「そや。きーちゃんはあれやんな、ツンデ」「違うわボケ」
シゲがぽんと手をたたくと、桔梗はシゲの額にデコピンをひとつくれてやった。大袈裟に痛がるシゲを見て、ため息が漏れる。



「なんできーちゃんは振り向いてくれんのやろ」
「自業自得だろ」
補習を終えて部活に駆けつけると、水野が部員を呼び寄せてミニゲームをすると告げた。同じチームになった水野があがってくるのをいいことに、シゲはボールをさばきながら相談している。
「もっと誠実になれ」
「いややわー、告白もできんたつぼんに言われるなんて」
「蹴るぞ」
少しだけ頬を染めた水野をみて、確かに自分には欠けているものだとシゲは頷いた。
「どないしたらええんやろ」
「おい! シゲ!!」
「ぅおっ、と」
相変わらず無謀に突っ込んでくる風祭に、「単純ってえーのう」と苦笑いした。たまには正直にやって馬鹿を見るのもいいかもしれない。そう決めて、風祭をかわすとゴールに突き進んだ。



「お」
朝、寝ぼけながら歩いているシゲの視線の先に、部活のカバンを背負った桔梗が映った。
「きーちゃん!」
「うん? あ、シゲ。おはよー」
名前を呼ぶと、桔梗はシゲを待つように一度足を止めて挨拶をした。
桔梗のもとへ行くまでに、顔見知りが何人もいるせいかやたらと声をかけられている。そのせいか、先に昇降口に向かって歩き出した桔梗の背中に呼びかける。
「桔梗!!」
シゲの声に、桔梗がぴくりと肩を揺らし立ち止まる。クラスメートになったときから、桔梗はシゲに、きーちゃんと呼ばれ続けていた。名前をきちんと呼ばれるのは、初めてだ。
「桔梗、俺な、自分ことめちゃくちゃ好きやねん!」
「はいは……」「ちゃうねんて!」
振り返りながらいつものようにあしらいかけた桔梗を制する。
「俺本気で桔梗んこと好きやねん。せやから、俺と付き合うてください!!」
「……はあっ!?」
思わず固まった桔梗の肩をつかむ。
「ば、馬鹿も休み休み…」
「言うたやろ? 本気やって」
「だって、シゲ…」
桔梗が困惑したように眉を寄せると、朝の昇降口前はやっと騒がしくなってきた。校内に数多く存在するシゲのファンやサッカー部、桔梗の友人たちが騒ぎ立てていた。
「あ、いや、受験やからな。きーちゃんが高校決まるまでは待つつもりさかい」
困惑を勘違いして受け止めたのか、シゲはきっぱりと告げる。
「あれは……」
「よう、水野! シゲのやつ、とうとう告ったみたいだぜ」
「森長…そうか」
騒ぎを見て、登校してきた水野は度肝を抜かれた。シゲと、桔梗を見てなるほどと口の端をあげる。つくづく不器用なやつだとため息をつきながら校舎に入っていった。
「選抜、邪魔にならんなら練習試合くらいなら見れるよって。きーちゃんが来たいなら来れるねん!」
「え、覚えてたの?」
目を丸くした桔梗を見て、「当たり前やん。桔梗んことやで」と不敵に笑った。



(あ、あとな、)(うん?)(呼びやすいから、しばらくきーちゃんでええ?)(いいよ、しばらくね)