good night 部屋に入ると、三蔵が窓辺で煙草を吸っていた。窓を開けはなっているけど、風向き的に煙は室内を漂ったままだ。 「三蔵、けむい」 「あ?」 どこぞのチンピラじゃないんだから、そんな美形を歪めて柄の悪いことをいわないでほしい。せっかく、かっこいいのに。 「李翠、テメェ買い物に行ったんじゃねえのか」 ふわりと紫煙をくゆらせ、三蔵が瞳をすがめた。 「うん、やっぱやめた。疲れたし」 「ほー」 自分から聞いてきたくせに、さっそく興味を失ってしまったのかずいぶんと投げやりな返事をよこしてきた。非常に面白くない。三蔵はこんなどうしようもない人間だと知っているけれど、まあそれにしてもからかいのひとつでもしたくなるというものだ。 「三蔵!」 パン、と三蔵の顔の前でかなり勢いよく両手をあわせた。不意の出来事に、さすがの三蔵も目を丸くして驚いたように固まっていた。 「な、んだよ」 徐々に視線をあげ、そのたびに眼光の鋭さを増して睨みつけてくる。私が知ってる限りで一番不良なのはどう考えでも三蔵で決定かな。 「別に。虫がいただけ」 「虫? 虫なんかどこに……」 くすくすと笑いながら言うと、三蔵はあからさまに疑り深そうにあたりを見回した。 「どこにもいね……、おい、李翠」 「はいはい」 「暇つぶしにしやがったな」 やばい、気付かれた。でも暇つぶしっていうより、ふつうに三蔵と絡みたかっただけなんだけど。そんなことを言っても受け入れてはくれそうもない雰囲気。 「疲れてんならさっさと寝ろ。邪魔だ」 煙草をくわえると、おもむろに取り出した眼鏡をかけて新聞をばさりと広げた。 つまらないなぁと思いつつ、これだけ付き合ってくれたのだから三蔵にしてはいいほうかと思い直す。本当に機嫌が悪いときにあんまり構うと、魔界天浄を悪びれもなく出したりするのだから。 「あ、三蔵三蔵」 「……」 無視。ガン無視。 「ねえ、すぐ済むってば」 男のくせにネチネチと根にもつんだから…もっと寛容になればいいのに、と度々思う。三蔵って心が狭すぎる。 「おいこらチンピラ法師」 「撃つぞ」ガウン 「言いながらもう撃ってます」 短気は損気、と声には出さないで口の中で呟く。いったいあの中には何発の弾がこめられているんだろう。 「手ェ出してよ、手」 「はァ? なんで手なんか」 「いいから!」 銃を持っていない左手を掴むと、ぐいっと引き寄せる。「っと、危ねー……」そのまま握り拳をつくった指を一本ずつはがして広げる。 「何がしてぇんだ」 さっきの弾が最後だったのか、拳銃をしまいハリセンを構えている三蔵。武器が二つも、いや、魔界天浄も入れたら三つもあるのはズルい。私は一つしかないのに。 「だからすぐだって」 「…………は」 諦めたように短く息を吐くと、三蔵は片手で新聞を読み始めた。 指を全部開くと、そのまま広げた自分の手のひらと合わせる。三蔵の手の方が大きい。手のひらも、指の長さも、細く骨が少し浮き出たみたいな、三蔵の手。拳銃を乱発しているようには、とても見えない。 「李翠?」 黙り込んだのを不自然に思ったのか、三蔵が新聞を畳んで眼鏡を外した。 「ん、何でもない。もういいや」 自分でも何がしたかったのかよくわからないけど、何となく満足したのでもういいかと立ち上がる。 「ちょっ、と、待て」 「え、帰れっつったの三蔵じゃん」 離そうとした手を、指を絡められて離せずに中腰になる。 「一方的にされたままっつうのは腹がたつ」「知るかよ」 三蔵の精神年齢は実際より五歳くらい下だって忘れてた。わがままプーめ。 「でも、なんか、眠くなってきた」 瞼が重くて、はやく横になって休みたいのだと三蔵に伝えたら、三蔵の眉間にしわが寄った。いつも寄ってるから、あまり変わらないような気もするけれど。 「まじで腹が立つな貴様。もう知らん、そのままここで寝ろ」 三蔵さまがまじという単語を使ったのがまじびっくり、と思ったけれど黙って言われたとおりにすることにした。あれですね、これは三蔵が膝枕してくれるんですね。なんだか眠たくて頭が働かなくなってきた気がしてならない。 「はいはい、おやすみ三蔵」 「人の膝の上で寝るんじゃねえ!!」 ハリセンで殴られたような気もするけど、激眠いのでシカトした。ついでに、嘘みたいに優しい三蔵のおやすみが聞こえたのもシカトした。 |