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次は勝つ



「九州選抜、罰走10キロ!!」
キャプテンの声が、試合終了後の競技場に響く。
がっしりとした中学生離れの体格で、彼らは走り出した。
「……ショーエイ、どこまで体力あるっちゃ」
試合後、先輩にがっつり絞められたはずの昭栄は、やはりいつもの通り元気にトップを爆走していた。





「さとる! 腿あげ!」「おう!!」
「昭栄、飛ばしすぎ!」「ええー?」
「能登! 上体維持!」「うっす!」
負けたからという理由で10キロ走らされる九州選抜は、東京選抜にしてみればずいぶんキツいメニューをさせられているように思う。しかもそれが、監督の指示ではなく自主的なものだとは余計驚くばかりだ。さらに言うとすれば、先ほどからグラウンドによく通る声で指示を出しているのがマネージャー…九州選抜のマネージャーらしいが、いちおうトレセン全体のマネージャーでもあるらしい…の桔梗なのだから、九州は熱いというイメージばかりが植え付けられた。
「よくやるよ。体力バカだね」
「よく言うぜ。自分じゃ保たねぇからって」「なに?」
いつものように、翼と鳴海の間に火花が散り始めると、さっそく桔梗がやってきた。キャップを深くかぶり直し、早足で近づいてくる。
「東京さん、お疲れ」
「そっちこそ」
「疲れはきかんけど、ケガぁない? 手当てしきるけん」
分析、指示、救急手当て、料理に洗濯もできる桔梗は、合宿中あちこちへ走り回っていて自分の選抜である九州選抜のメンバーともほとんど顔があわせられないでいた。当人もそれを承知できたのだが、見ている側からすればなんだか申し訳ないやら心配になるやら。
「特には」
「そ。じゃあまだ仕事あるけん、なんか用あったん呼んで。試合気張り」
そう言って、久しぶりに九州メンバーに練習をつけるべく、東京選抜に背を向けるとすぐに走っていってしまった。



「みんな意識が甘いったい。そげんこつからボールば穫られて逆転されゆうよ」
後半の言葉は主に昭栄に向けて投げられた。昭栄本人は、やはり責任を感じているのかがっくりと肩を落としている。
「ショーエイだけじゃなかよ。FWはまだまだ切り込む隙ばあらんや。DFはもっと粘り強く。風祭に乱されすぎっち。で、ヨシはもっと声が出せたらよか。カズはヨシの分まで声出すたい。あとボールは待つんじゃなくて取りに行っちゃあ」
一人一人にテキパキと試合から見たことを伝える。あの監督は、キャプテンの城光と桔梗にいくつか指示を出すとどこかへ行ってしまったらしい。
「私から以上。ヨシ、こん後どうしよっと?」
「とりあえず、シャワー浴びたかな」
走り回って汗をかいたのか、襟元をぱたぱたとさせて風を送り込んでいる。城光の声に、メンバーたちは賛成! と声を大きくした。
「ちかっぱ休憩。何時まで?」
「二時間ありゃあ充分たい」
じゃあ二時間休憩、と桔梗が宣言すると、わらわらと宿舎の方に駆け出した。
桔梗はというと、決勝を控えている東京選抜と関西選抜の様子を見てこようと別のコートに向かって歩き出した。



「シゲ、ノリック!」
「ん?」「お?」
東京選抜との決勝に向けて練習をしている、関西のツートップに声をかける。先ほどの試合は九州を見ていたのでわからないが、あまり派手なプレーもなかったときく。それでも体調や怪我に心配はないかきく必要がある。
「お疲れ。調子は?」
「ぼちぼちやなー」
「僕ら一人も怪我なんてせぇへんで」
自信満々なノリックに、シゲが頷く。
「ならよか。ドリンク補充ある? なかなら取りに行くけん」
どうせなくなっているだろう、と思いながらきくと、案の定「ないな」と返ってきた。関西ついでに東京のも取りに行く必要がありそうだなと考える。
「ナオキ走らそか?」
「いや、私行くけん。選手は休み」
余裕なのだろうが、パシりにされがちな彼が可哀想だったのと、次の試合のことを考えて辞退する。休憩中の九州選抜から一人二人引っ張ってくれば足りるだろう。
「じゃ、頑張り」
「おう!」
「ほななー」
関西にも声援をおくり、これでおあいこにしたと満足げに走り出した。



「……あれ?」
ふと、ゴールの近くで足を止める。黒いユニフォームで練習している人影がある。あれは見間違えようもなく、九州選抜のユニフォームだ。しかもみんなのとは少しデザインが異なるし、迷彩柄のキャップを見て誰が練習しているのかを知る。
「カズ!!」
「あ?」
こちらへくるようにと手招きすると、ボールを抱えてすたすたと歩いてきた。
「なんば用がか?」
「アホ! 休憩は休め!」
「体怠っとお。ちと運動してただけけん」
「ならん!」
汗一つかかずに、先の試合で本当に疲れていないのだろう、けろりとした表情で言った。
「…あ。カズ、体動かしとぉなら、手伝ってほしか」
「あん? 内容によらんぜ」
そこは二つ返事で肯定だろうと思ったけれど、きっとドリンクを運ぶくらいなら手伝ってくれるだろう。
「関西と東京ばにドリンク足すけん、一人じゃ運ばれんよって」
「ああ……。よか」
あの重いクーラーボックスを想像したのだろうか、すぐに頷いた。ボールをゴールにむけて蹴ると、白いネットを揺らした。
「桔梗、まさか一人で運ぶつもりやったんか?」
「ちごぅよ。ショーエイか誰ぞに手伝ってもらう気ばい」
一つの選抜分でもかなりの重量になるそれを、普段から相当量のトレーニングをこなしているわけでもない桔梗が二つも運ぶのは、さすがに無理がある。
「そういやあ、東京ばバリ驚きよってん」
「は? なんに?」
「やき、筋トレも走り込みもこんだけやるんはうちだけらしいけん。試合後によーやっとうね、言われっち」
「普通ったい。東京ばやっとらんけ?」
城光や昭栄ならまだしも、カズのように小柄なGKまで走り込みや鬼のような筋トレをさせられており、それが当たり前だと思っていることに驚いたのだとは、桔梗でさえ知らない。
「毎日じゃなかたい。それん、軽いし」
「そげんこつから体力ようきれんようになるんじゃ」
ふん、と鼻で笑う。
宿舎の玄関前で、カズが桔梗に待ってるよう告げた。
「一人で足りるけん。待っとけ」
「ばってん、」
「待っとき」
ぴしゃりと強く言われ、言い残した本人は、さっさと建物の中に入ってしまった。
ものの数分で戻ってくると、その肩には二つ分のクーラーボックスがかけられていた。
「カズ、一つ持ちゆうよ」
「よか。スタジアムは?」
「やけん、スタジアム遠かよ」
頑なにクーラーボックスを手放そうとしないカズに、いくらなんでも試合後の選手にそんなことはさせられないと桔梗も粘る。体力があり力もあるからといって、坂や何やらのある道のりをずっとそのまま歩かせるわけにもいかないのだ。九州選抜のマネージャーとして。
「トレーニングになるけん、ほっとき」
「試合終わったばかりやき、あかん」
「ほっとき」
「ならん」
九州選抜は、我が強くこれと決めたら譲らないことがあるけれど、今日のカズはいつにも増して頑固だった。
「……なんぜそげんこだわっとおね」
せめて納得できる理由をと頼むと、ぶすっとしたようなしかめっ面で言った。
「次やりよるときは九州ば勝つけん」
「…そーですか」
負けず嫌いな可愛いところもあるのだと、桔梗は笑いながら相槌をうった。