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君の手



夜のグリフィンドール談話室。
暖炉の火がパチパチとはぜる音だけがきこえる、静かな夜だ。

「…ねえアイリス、」

「なに、ハリー?」

「ん…まだ、寝ないのかなって」

「あら、貴方もじゃない?」

クスクスと、軽やかな忍び笑い。
それにあわせて、アイリスの金髪が揺れる。

「そうなんだけど……」

「わたしは、ハリーが寝るときに寝ることにするわ。だって、貴方一人おいていけないもの」

アイリスは書きかけの魔法薬学のレポートを丸めると、羽ペンを置いてハリーの隣に移動した。
ハリーはなんだか泣きそうな顔でアイリスを見上げ、くしゃりと顔を歪めた。

「アイリスは優しいね」

「そんなことないわ。ハリーの方が優しいわよ」

「それこそないかな」

ハリーは両手を伸ばしてソファに反り返った。
逆さまになった暖炉が視界をうめる。

「…ハリー、辛いのはわかるわ。悲しいのも、寂しいのも」

アイリスがそっとハリーの右手を握る。
ハリーは驚いて手をおろし、アイリスを見た。
両手で優しく包むようにハリーの手を握るアイリスは、死を悼む女神に見えた。

「アイリス…」

「一年生の時」

突然、アイリスが口を開く。


「一年生の時、賢者の石を手にしたのはこの手。名前を呼んではいけないあの人を打ち破ったのもこの手」


「二年生の時、ジニーを助けたのはこの手。トム・リドルの日記に剣を突き刺したのもこの手」


「三年生の時、たくさんの吸魂鬼を追い払ったのはこの手。シリウスを助けたのもこの手」


「四年生の時、ロンを助けたのはこの手。ゴブレットをつかんだのはこの手。セドリックを連れ帰ったのもこの手」


「今年、DAでみんなに戦う術を教えてくれたのはこの手。アンブリッジに立ち向かったのもこの手」


「ひとつだけつかめなかったのは、たいせつないのち

アイリスのガラス玉を転がすような声が囁いた。
ハリーの目が見開かれ、アイリスの手を強く握る。
ぎゅっと何かを忘れるように強く目をつぶり、深く息をする。
アイリスは哀しそうに微笑むと、左手はハリーの右手と繋いだまま、右手でハリーの頭を抱え込むように抱き締めた。

「…うまくいかないわね、人生って」

「………うん」

「でも、貴方にはロンがいる、ハーマイオニーがいる、みんながいる」

「……うん」

「忘れないで。貴方は、彼が生きた証なのだから」

「…うん、」

ありがとうアイリス、とハリーが小さく呟くと、アイリスは「どういたしまして」と言って笑った。
指を絡めたハリーに、アイリスは視線を向ける。

「それに、僕にはアイリスもいるしね」

そう言って、ハリーはアイリスに微かな口付けを落とした。