マイナスから爆ぜる ファーストキスはハイライトの味がした。 だから、私はあいつが苦手だ。 「李翠、お前さっきからなんかヘン」 「エロ河童と同室だからね、襲われないか心配してんの」 ベッドに転がった悟浄が、顔の向きだけをこちらに、話しかけてくる。 それってチョー失礼、と言ってくる悟浄にそれ死語だよと指摘してやる。 …私は、沙悟浄というこの男が苦手だ。嫌いな訳じゃないし、好きじゃない訳じゃない、むしろ好きだ。だけども、悟浄が吸うタバコの匂いが好きじゃなくて、彼がタバコを吸っているときはあまり話したくない。 「ねぇ、吸ってもいい?」 悟浄は、いちいち私に許可をとる。たいていは駄目だと言うのだから、私のいるところで吸わなければいいのにと思わなくもない。 「駄目」「そりゃ残念」 タバコの箱を放り投げて、悟浄は寝返りを打った。 悟浄もヘビースモーカーだけど、三蔵みたいにタバコがなくてイライラすることはほとんどない。そういうところは大人だなぁ、と素直に感心する。 私はイライラするときはたいてい三蔵のところにいってタバコを一本わけてもらう。マルボロは苦くなくてちょうどいい。 「悟浄ー」「んー?」 「八戒、このあと買い物行くって言ってたっけ?」「いんにゃ、言ってないンじゃねぇの」 欲しいもんでもあんの、と訊いてくるので、別にないけどと返すと不思議そうな顔をされた。 「いま欲しいのは、強いて言うなら快眠できるベッドかな」 「李翠ちゃんいつもベッド使ってンだろ?」「それとこれとは別」 私はか弱い乙女なのでー、といってベッドの端に腰を下ろすと、ギイとなった。 悟浄は、自負するだけあって手も脚も妬ましいくらい長い。まず背が私とは比べものにならないくらいあるから、仕方のないことなのかもしれないけれど。 ベッドに寝転がったままの悟浄が腕を持ち上げると、それは容易く私の頬に触れた。 「どしたの」「別に」 大きくて、無骨で、傷だらけで、とても優しくて温かい手から、かすかにハイライトの香りがする。つい顔をしかめると、悟浄はちょっとだけ笑って、名残惜しそうに手を下ろした。 「匂う?」「うん、少しね」「悪い」「気にしないよ」 ぽすんとベッドにダイブすると、悟浄が両手でしっかり受け止めてくれた。 「俺様、タバコの匂いするよ?」「悟浄だから許す」 なンだそりゃ、といって笑う悟浄をみて、ああ、大人の余裕だなと思う。 私がどんなわがままを言ったって、怪我をしたって、子供みたいに泣きじゃくったって、最後にいつも抱き締めてくれるのは悟浄だった。失恋して、ハイライトがトラウマになった私を何も言わないで抱き締めていてくれたのも悟浄だった。 苦手なのは、煙だ。 ぜんぶぜんぶ、消してしまうんじゃないか。夢のように霞となって消えてしまうのじゃないか。くせのある香りだけを残して、私だけを残して、どこかへ行ってしまうんじゃないか。そう考えて眠れない夜もあった。 「悟浄」 「んー?」 「タバコ、一日三本減らしてくれるなら吸ってもいいよ」 「そりゃ無理だ」 第一、俺は李翠がいるとこで吸わないぜ、なんてカッコつけるもんだから、まだ子供な私は悔しくなって悟浄にぎゅっと抱きついてみた。いつもより強い香りがした。 この匂いも、悟浄のだと思えば好きになれるような気がした。 (君の力で)(マイナスから爆ぜる) (ゆっちへ愛を込めて!) |