Before before X'mas 寒いなあ、と思いながら私は、フリースの袖をきゅっと握りしめた。 カーテンをひいてあるから外の天気はわからないけど、朝の天気予報では夜には雪が降ると言っていた。 「…さ、勉強勉強」 自分に言い聞かせ、机の上の参考書に向かう。 ていうか、冬休み早々宿題が終わりそうって、その量の少なさはいかがなものだろう…? まあ、土方先生の宿題は多いけど、古典は得意だから、授業中に終わらせたんだよねぇ〜。 放課後は部活もあるし、家に帰ってからはすぐに寝てしまうから、まあ必然的に授業中に片づけるしかなかったのだけど。 このクソ寒い中でも剣道部の練習があるから、明日も明後日も早起きして手伝いというか、まあ私マネージャーだし、働かなくちゃいけない。 好きでやってるからいいんだけど…どうしても部室に最初に着くから、寒くてしょうがないんだよね…あそこ、暖房はいるの遅いし…。 ぼんやりとそんなことを考えながら、シャーペンをくるりと回した。 コツン、 と小さな物音がして、ふっと窓を見る。 …なに? まさか、不審者…とかじゃないよね。私の部屋、二階だし。外は雪降ってるみたいだし。 きっと一人で怖いから、空耳でも聞いたんだろうと思い、再び机に向かう。 コツン、 「!?」 やっぱり、空耳じゃない。 今度はさっきよりハッキリと聞こえて、窓の外に何者かがいることを告げていた。 カーテンを開けて窓の外を確かめる気にはなれないけど、いまは電気を消す気にもなれない。 だいたい、クリスマスに娘をおいてデートに行く両親ってどうなのよ? そんなことを考えて気を紛らわせている間にも、窓ガラスがカツンと音を立てていた。 「誰よ……困ったな、千鶴でも泊まりに誘えばよかった…」 せめて友達か誰かがいてくれたなら…と後悔する。いっそのこと、剣道部の誰かでもいい。けれどいまさら後悔してもどうにもならない。 選択肢はふたつ。 このまま戦々恐々と朝を迎えるか、外を確認して安眠するか。 …ええい、ままよ!! カーテンに手をかけて目をギュッとつむると、カーテンを思いっきり横にひいた。 「あれ…サンタさん?」 うっすらと曇ったガラスの向こうには、窓のわずかな手すりに腰掛けながら私の部屋の窓を叩いている、赤い服を着た人がいた。 ますます不審者説が強力になり、恐る恐る窓の鍵を開け、ガラスを横に滑らせる。 「あ…、」 「メリークリスマス、桔梗」 白い息を吐いて、微妙に歯の根が噛み合わない一君が、寒いだろうに、それでもやわらかな笑顔を浮かべて言った。 「は…一君っ?!」 あんまりにも意外で、吃驚して反応が遅れてしまった。 うわわ、顔とか真っ赤。寒かっただろうなぁ…うん、息も真っ白だし、耳まで真っ赤でここままじゃ風邪をひいてしまう。とにかく、一度部屋に入ってもらうことにしよう。 「ごめん、まさか一君だとは思わなくて…入って、寒かったでしょ?」 「いや、連絡もなしに来て悪かった」 律儀に靴を脱いでから、ぺこりと頭を下げる一君。 「それはいいから! ほら、座ってて、タオルとかとってくるから…」 私は洗面所に駆け込み、大きなバスタオルを何枚かとって、自室に戻る。 「はい、」 タオルを渡すと、「申し訳ない」と言って、一君がバスタオルで髪や服をふいた。 部屋の中は結構暖房がきいているから、一君の座っているあたりの絨毯が湿気を含んでいる。 「それにしても…どうしたの? 玄関から来ればよかったのに」 私が尋ねると、一君は手を止めて、経緯を説明し始めた。 「…で、一君は総司と平助の言ったことを真に受けて来たのね」 予想はしていたけれど、やはりあの二人だったか…とため息をついた。 「いや、二人の話はきいたが、桔梗の所へ来ると決めたのは俺だ。…勉強中、だったか。迷惑かけてすまない」 「いいよ、どうせ一人で暇だったし」 相変わらず真面目だなあと苦笑して、私はそれでも誰かが訪ねてきてくれたことが嬉しくて、一君に微笑んだ。 「一人…? 家族はどうしたんだ?」 一君が眉をひそめた。 こういう心配性なところも、気を使ってくれるところも、優しいんだよね。一君って、ほんと保護者みたい。本人には言えないけど。 私は隠す理由もないので、素直に両親はデートに行ったと話した。ついでに、少々の愚痴も。 「つまり、桔梗は家に一人でいたのか…」 そんなときに悪かったなと、一君が、もう何回目かもわからない謝罪をした。 「いいよ、寂しかったから誰かきてくれた方が。正直、一君のこと、最初は不審者じゃないかって思ってたもん」 「ああ…それはそうだろうな。すぐに開けていたら、あんたは相当に無防備だ」 私が窓を開けないという可能性もあったのに、一君はそれでも来たのだ。 どうしてかなあと思いつつ、一君に目を走らせる。 「それより一君、そのサンタ服、どうしたの?」 総司とかが着たらバカみたいに似合いそうな、赤くて、縁に白いふわふわがついたいかにもなサンタ服。 膝丈のフード付きコートに、真っ白なズボンと赤いブーツ。 …ドンキホーテとかに売ってそうなんだけど。 一君も、意外に似合っている。なんだろう、首のとこのふわふわがいいのかな? 一君って髪も癖があってふわふわしてるから。 「これか? 総司にもらった」 やっぱりそうなんだ。 でも、一君の私服ってあんまり見ないし、見れても黒とか紺とか暗い色だから、赤みたいに派手な色って初めて見た。 制服も明るくないし。 なんか、そう思えば思うほど一君サンタが貴重に思えてきた。どうしよう、写真撮りたい。 「それにしても、一君もご苦労様だね。わざわざみんなのとこまわるなんて」 私には到底真似できないよ、とため息をつくと、一君は一瞬だけきょとんとした。 「…俺は、そんなことしてないぞ」 「え? 違うの? 一君のことだから、てっきりみんなに挨拶するために来たんだと思ったけど…」 一君の性格から考えると、そうとしか考えられない。 「……俺は、あんたに言いたくて来たんだ」 「メリークリスマス」 一君は白い手袋を脱いだ手を伸ばして私の頬にそっとふれると、そう言った。 …なにこれ、一君格好良すぎるんですけど。どうしよう顔が熱い。部屋の中は外の冷気で一度冷えたはずなのに。 一君の藍色の双眸が真っ直ぐに私を見て恥ずかしい。 ああ、でも、ひとつだけ言わなくちゃ。 固まってしまった私の顔を覗き込んだ一君に心臓がドキリと跳ねる。 こ、これはいったい何の罰ゲームだろう…いや、嬉しいけれど。嬉しいけれど、 「え、と…一君、」 今日、23日だけど? ひどく言いにくそうに言うと、一君は不思議そうな顔をした。 「クリスマスは、今日ではないのか?」 「うーん、明日だったらイブだから前日だったんだけど……今日だったら、ただの天皇誕生日かな」 くすりと笑うと、一君は珍しく慌てたような恥ずかしいような顔をした。 「…〜〜〜っ!」 口を閉ざしてしまった一君は、渡したタオルに顔をうずめた。 「いいよ、気にしてないから。きっと総司に言われたんでしょ? それに言ったでしょ、誰か来てくれないかなって」 私、一君が来てくれて嬉しかった。 「…総司には明日言うとして、」 一君が明後日の方向をみながら立ちあがった。 「帰っちゃうの?」 せっかく来たのに、と残念がりながら言うと、一君は少しだけ顔を背けた。 「いや…さすがにこの時間に女子の、それも一人の家にいるのは…」 「逆に、一人残してくって考えは?」 「っ………」 立ち去ろうとした一君のコートの裾をつかむ。 寂しいから、なんとかして一君を引き留めていると、頭の中の私が囁いた。 (一君、困ってる) どうして? …ああ、そりゃ困るか。 (でも、迷ってる) そうだね、一君優しいから。 「……桔梗、」 諦めたのか、一君は座り直して、私の手をコートからはずした。 「明日、また、来る」 「うん…え?」 ほっとしているうちにすくっと立ち上がった一君を見上げると、一君は窓を開けて靴を履いた。 「帰っちゃうの…?」 「…ああ。邪魔したな」 ていうか、窓から出て行くんだ…と思いながら、結局私は諦めて一君を見送ることにした。一君って自分で決めたことは絶対に守る人だから、きっといまは何を言っても聞かないだろう。 それに、明日も来てくれると言っているし、それなら見送ろうかな、と。 「じゃあまた明日」 「ああ。………正直、俺の理性が保つかわからないが」 「え、なに?」 「いや、何でもない。しっかり戸締まりをしろよ」 ため息交じりに何か言っていた気がするけど、一君は笑ってはぐらかした。 おやすみ、と言って彼は夜の闇に溶けていった。 (さて…明日、どうしたものか。本当に理性が負けそうだ) |