雪で遊ぶのはガキと犬だけ やけに冷え込むと思ったら、どうやら昨晩の間に雪が積もっていたらしい。 起きて障子を開けると目映いばかりの白が視界に飛び込んできた。 薄手の着流し一枚じゃさすがに風邪を引く…と桔梗は羽織を頭からひっかぶった。 「はぁ……、息、しろ」 ためしに息を吐くと、白いもやもやとなって空に溶けた。 庭を見ると、30センチほど積もったようだった。 まだ誰の足跡もついていないそれは、桔梗を誘った。 「うへ…マジでさみーし。しかもいま何時だよ…」 誰の姿も見えないことに不満を吐きながら縁側に立ち、外の寒さにぶるりと身を震わせた。 朝っぱらから風呂に入ろうかとも思ったが、その間に朝食になり食われてしまっては面白くない。 が、しかしここで何もしないのも面白くない。誰か平助あたりが通らねぇかと思っていると、縁側の縁につもっていたわずかな雪に滑り、庭に飛び込みそうになった。雪に飛び込むのだけは避けたい! と足を踏ん張ると、見事に雪に足を突っ込んで着地していた。 「うわ、最悪ってかさむっ! なにこれつめてぇ!」 裸足の足が冷たさに驚き、全身に鳥肌が立つ。 妙に跳躍してしまったからか、縁側からは微妙に遠い。 あーくっそめんどくせぇと起き抜けの髪をがしがしとかく。 「…ん?」 ちらちらと視界をかすめるものに気がつき、桔梗は空を見上げた。 「あ…雪だ」 鈍い雲が垂れ込める空から、小さな雪が舞い降りていた。 手のひらで受け止めると、じんわりとした冷たさを残して消えた。 「どーりでさみーはずだ…今日巡回誰だっけ…?」 いよいよやる気をなくした桔梗は、このまま風邪を引いてやろうか…と考え、そんなことをしたらまた土方さんにシメラれるか、と頭を振った。 「…何をしてる」 神出鬼没もお馴染み、すっかり聞き慣れた斎藤一の声が耳朶を打った。 「おはよーございます、隊長」 「ああ…それより、何してる」 隊長も起き抜けで寒そうだなあ〜、と斎藤をじっと見つめていると、無表情な斎藤が少し困惑したような表情を見せた。桔梗はおや、と首を傾げた。 「何って……なんでしょうね?」 桔梗はきょとんとしてから、からりと答えた。 「は…?」 斎藤が間の抜けた返事をし、すばやく桔梗のいる庭に視線を走らせた。そして雪に埋まってしまった桔梗の足を見て珍しくも露骨に顔をしかめると、桔梗を手招きした。 「桔梗、」 「う、ん? なんすか?」 サクサクと新雪を踏みしめると、冷たさと爽快感が足の裏から伝わってきた。意外と楽しいので、歩幅を少し小さくして見る。しかし数歩足らずで斎藤の立つ縁側までたどり着き、足を雪の中に突っ込んだまま縁側に座りこんだ。 桔梗は斎藤を見上げると、寒そうにくしゃみをひとつした。 「寒いっすねー」 「…ならなんであんたは雪に足を突っ込んでる」 「あー…これは事故です」 「そのわりには楽しそうだが」 「えへへ、やっぱそう見えます?」 斎藤が片膝をたてて桔梗の隣に座り込んだ。ふっと息を吐くと、やはり空に溶けた。 斎藤は襟巻に顔をうずめると、斎藤はにへらっと笑った桔梗の頭を小突いた。 「風邪でもひいたらどうするんだ」 「え、そりゃー寝ますよ」 つか隊長冷たい、と斎藤の頬にぺったりと手を触れた。斎藤はその冷たさに目を見張り、思わず桔梗の手を取った。 「え、」 「…あんたの方が冷たいじゃないか」 きゅっ、と自分より小さな手を握る。 「隊長は…あったかいです。手が」 「手が?」 その限定はなんだと桔梗の顔を見ると、桔梗は慌てて手を振って言った。 「や、別に隊長が冷たい人間とゆーことじゃなくでですね、」 「どういうことだ?」 「えーと、う…」 言葉に詰まり、俯いた桔梗がなんだか普通の女子のようで、斎藤は笑みをこぼした。桔梗が見る前に、いつもの無表情に戻ったのだが。 「とにかく、そのままじゃ風邪を引く」 そう言って桔梗の手を握り、腰を支えてずぼっと雪の中から足を抜かせた。 「う、わ?!」 驚いた桔梗が足をつこうとするのを阻止するように、斎藤は桔梗を肩に担いだ。 「ちょっ、隊長!? 下ろして! 下ろせ!!」 必死に抵抗するが、斎藤は「大人しくしていろ」と言うと、すたすたと歩き出した。 決して暴れる人一人担いで歩くのは容易くないだろうに、斎藤は表情を変えなかった。 「下ろして隊長! 斎藤さん、頼むから!」 桔梗が叫ぶが、斎藤はまるで聞く耳を持たない。 「いま歩かせたら床が濡れるだろう」 あんたが気にしてんのはそこかー!! と心の中で盛大に突っ込むと、桔梗は諦めたように大人しくなった。 「…で、俺ァいまどこにつれてかれてるんです?」 「風呂場だ」 さらりといわれた言葉に桔梗が固まる。 「あ、あのー…隊長? 俺一応女…」 「入れはしない。足を温めるだけだ」 今日はやけに切り返しが早い…とぼやいていると、風呂場は目の前だった。 ガラリ と斎藤は何のためらいもなく浴室の扉を開けた。 いや、あんたはそうかもしんねえけど、誰かいたらどうすんのさ…と、桔梗は心の中で静かにため息をついた。 「お、桔梗じゃねぇか」 「斎藤さんも」 「げ、朝風呂かよテメーら。良い身分だなこんちくしょー」 腰に手ぬぐいを巻き、今からあがるような平助と原田が桔梗と斎藤を見て声をかけた。 「どうしたんだ?」 「桔梗が雪の中に足を突っ込んでいた」 「まじかよ!?」 「わざとじゃねーし。しかも説明そこかよ。そういう斎藤さんが好きです」 もう諦めましたと桔梗はため息をつきながら冗談を交えてみたのだが、軽く無視された。 斎藤は桔梗を担いだまま、片手で大きめの盥にお湯を張り、腰掛けに手ぬぐいをひいてそこに座らせた。 「足が熱くてもぬくなよ。足の感覚が戻るまでだ」 斎藤が念を押すと、桔梗ははいはいっと頷いて盥に足をつっこむと、そのまま立ち去ろうとした斎藤の着物の袖をつかんだ。斎藤が振り返る。 「斎藤さんは…風呂、入んないんです、か?」 「………は?」 振り返った斎藤が固まった。 「あ…べ、別に斎藤さんが…いや、隊長が寒そうだったから…!」 急いで取り繕うが、平助と原田がにやにやと桔梗の顔をのぞき込んだ。 へー、とかほー、とか言っている二人を殴ろうと手を伸ばすがかわされ、桔梗は斎藤から手を離した。 「…で、どーすんの、斎藤?」 原田が斎藤に訊ねると、斎藤は弾かれたように顔を上げ、「…後で入る」と言い残して風呂場を後にした。 「…隊長、あんなに手ぇ冷たかったのに」 桔梗が自分の手を見つめながらぽつりと呟くと、平助と原田は顔を見合わせてくすりと笑った。 その後、すっかりあたたまって風呂場の扉を開けた桔梗と、まさに着物を脱ごうとしている斎藤がはち合わせたのは、本人たちだけが知っている(はずなのだが)。 (たたた隊長っ!?)(っまだいたのか!?)(隊長がすぐ出るなって言ったんじゃないですか!)(いや、それにしても長いだろう)(そんなことな…ってあ、あれ、飯は?)(残っ、て、るが…)(よかった! …じゃ、隊長またあとで!)(あ、ああ…) (あの二人の関係って何なんだろうね…)(……なにやってんだ総司)(あ、土方さん。今なら面白いものが見れますよ)(面白い…? 斎藤か?)(あとあっち。桔梗)(…何やってんだ、あいつらは)(…さあ?) |