君と夜の華 「夏祭り行こうぜ!!」 ことの発端は、平助のその言葉だった。 「夏祭りぃ? やだよ、んなのめんどい」 「そんなこと言うなって〜!」 平助をはじめとする三バカ…もとい、左之と新八はノリノリで、沖田や千鶴、珍しく土方や斎藤まで乗り気の中、唯一頑として首を縦に振らないのが桔梗だった。 千鶴まで駆り出されているが、一向に頷く気配はない。 「いいじゃねえか、別に。みんなこんなに言ってんだしよぉ」 左之が、何が不満かと言うように腕を組んだ。 「俺ァ祭りに興味ない。それでいいだろ」 いい加減桔梗の方もいらいらしてきたようで、畳に寝転がって平助たちには背中を向けている。 「…土方さん、なんとかして桔梗さんが来る方法ってないですか?」 「…まあ、ねぇこともねぇが…」 千鶴が土方を仰ぐと、土方は困ったようにため息をついた。 「あんまり使いたくねえんだよな」 「そんなこと言ってる場合ですか!」 新八が土方の言葉に飛びつくと、桔梗と土方はほぼ同時に眉を寄せた。 「土方さんがなんと言おうが、俺は行きませんぜ」 「……桔梗、仕事だ」 「…は?」 やれやれ、といった風に土方が言うと、桔梗は口をぽかんと開けて振り返った。 平助や千鶴たちも唖然として土方を見ている。 「祭りだから何があるかわからん。見回りだ」 ちっとも思ってないくせに、と桔梗はぼやいた。 しかし形にはなっているし、上司の言うことには逆らえない。 ため息をつきながら、桔梗は身体を起こした。 「…で、俺はなんでこんなかっこしてんですかね」 女物の浴衣に袖を通した桔梗が、げんなりとした顔で言った。隣で千鶴が満足そうにしている。 「見回りだってバレないようにって言ったでしょ」 「誰もお前とは気付かないさ」 「ほう…」 …ごめんもうだめ! と沖田が叫ぶと、それをかわぎりに隊士たちは次々と爆笑した。土方と斎藤でさえも笑いを堪えているように見える。 「ちくしょう…これを狙ってたのかよ…」 桔梗は悔しそうに顔を歪めると、手近にあった平助の頭をたたいた。 「テメーらいつまでも笑ってっと二度と笑えなくしてやんぞ」 とドスをきかせれば、幹部以外は静まった。 しかし幹部は逆にツボに入ったのか、ますます笑い転げている。 「…土方さん、やっぱいかないと駄目ですかね?」 「…似合ってんだ。気にすんな」 桔梗が嫌そうに土方に訊ねると、土方は苦笑いを浮かべながら返答した。 かくして一行は、夏祭りに繰り出したのだ。 「…で、あいつらはどこ行きやがった…!!」 桔梗が青筋をたてながら低く唸った。 浴衣を着た美人が般若の形相をしているのはなんとも形容しがたい恐ろしさである。 隣には、土方がぽつりと立っているだけだ。 「ま、大方予想はついてるがな」 「さいっあくだ…」 屯所を出てからというもの、桔梗の気分は下がりっぱなしである。 「いいじゃねえか、どうせ花火みれる場所探してんだろ」 土方が楽観的に言うと、顔をしかめた桔梗がふん、と鼻を鳴らした。 「俺ァその花火が駄目なんですよ」 「…なに?」 思わず土方が聞き返すと、桔梗は表情を変えずに同じ言葉を繰り返した。 「俺は祭りの見物ともいえる花火が苦手なんです。だから祭りは外に出たくない」 「そういう理由か…」 なぜあんなにまで頑なに外出を拒み続けてきたのか、わかってみればなかなか可愛いものだと土方は笑った。 「つーわけで、俺はもう帰り―――」 ドンッ パーンッ 「あ…」 夏の夜空に鮮やかな大輪の花が咲き誇る。 思わず空を見上げた土方が呟いた。 背中をむけかけた桔梗が、普段の自分はどこへやら、土方に抱きついている。 こうしてみるとなんて女らしい体をしてるんだ…そう考えかけ、土方は頭をふった。 花火は最初の一発からどんどん打ち上げられていて、周囲からはざわめきと歓声が聞こえてくる。 「おい、桔梗…」 そっと肩にふれると、いつもよりひとまわりも小さく感じられる桔梗の肩がぴくりと跳ねた。 「…すいません、しばらくこうさしてください」 ぎゅっ、と土方の着物の裾をつかんで、桔梗が囁いた。 土方はふう、と息をつくと「好きにしろ」と言って優しく髪をなでた。 「…花火って、音でっかいじゃないですか、」 「だから、なんかいろんなものをかき消しちゃいそうで、」 「それがすごく、」 こわくて ぽつりぽつりと呟く桔梗の言葉に、土方はいちいち頷き、子供をあやすように優しく頭をなで、背中をさすった。 「こうしてりゃ誰もお前だとは気付かねえ」 だから、我慢すんな。 その一言が引き金となって、桔梗の瞳から大粒の涙が溢れ出した。 桔梗の涙が土方の着物をぬらしていく。 嗚咽をかみ殺して涙を流す桔梗は、やけに弱々しく、儚く感じられ、土方はぎゅっと強く抱き締めた。 「俺がいる」 俺はいなくなんねぇから。 だから、泣くな。 そう慰めれば慰めるほど、桔梗は涙を増やした。 「とまっ、な…」 ようやく落ち着いてきたのか、土方からそっと離れ浴衣の袖で涙を拭おうとする桔梗だが、次から次へとあふれる涙は拭いきれない。 土方は改めてみて、桔梗も女らしい格好も似合うと思い、自然に身を屈め、涙をすくうように桔梗の目尻に口づけた。 「!?!」 その瞬間真っ赤になった桔梗が、慌てて土方から離れた。 「な、な…何するんですか!?」 オドオドと、たどたどしく。 土方はふわりと頬を緩ませると、桔梗の髪をくしゃりと撫でた。 「花火、見に行こうぜ」 「………土方さん、絶対います?」 「ああ」 「ふざけても離れたりしません?」 「ああ」 「………やっぱ帰りてえ」 桔梗はため息をつくと、それでも顔を上げて土方を見上げた。 土方はさりげなく桔梗の手を取ると、そっと歩き出した。 夜空を、大輪の華が彩った。 (…うわぁ、なにあの二人) (あっま〜…) (しかし桔梗が花火が苦手とは…) (…総司、変なことを考えるなよ) (やだな一くん。そんなわけないじゃん) (どうだかなぁ〜) (で、どうするの?) (つけてみようぜ!) (そ、そっとしておきましょうよ…) (俺は雪村に賛成だな) (一くん、桔梗気にならないの?) (………) (よし、尾行決定!) (へ、平助くん待ってー!) |