short | ナノ






乙女と振り袖



「………」

今日は、やけに静かだ。
いつもなら(主に)平助や左之、新八ら三人衆や、千鶴をからかう沖田さんの声が聞こえてくるものだが、何にも、といっていいほど物音が聞こえない。
迷惑じゃないからむしろ嬉しいが、なんだか不安である。ろくなことがありそうにない…。

「桔梗っ!!」

…噂をすればなんとやら、か。
ため息をつきながら、静寂を打ち破った主を見やる。
「なんだよ平助、っせーな」
「相変わらず口きたねえやつ。千鶴見習えー」
俺の言葉に顔をしかめた平助に、傍にあった湯呑みを投げつける。
「あっぶね!」
慌ててよけると、平助はずかずかと部屋の中に入り込んできた。
「で、何のようだ? 何もないなら寝かせてくれ」
欠伸をして眠気を主張してみるが、平助はごろりと横になった俺のそばに座り込んだ。
「桔梗さ、たまには着物着ねえか?」
「…着てるが?」
馬鹿か? と言うと平助は慌てて違うと言った。
「じゃなくて、…ほら、その…」
歯切れの悪い平助の態度に苛立ち、すくっと上半身を起こしてジロリと睨んだ。
「はっきりしねぇな。なんだよ」
江戸のなごりで気っ風をきりかけると、丁度左之と千鶴が顔をのぞかせた。
「よっ、桔梗」
「よお。…左之、平助がなんも言わねえんだが、何なんだ?」
彼なら事情を知っているだろうと訊ねると、千鶴に向かって頷いた。千鶴も頷くと、手に、見慣れないものを抱えて部屋の中に入ってきた。
「千鶴か…誰でもいいや。何なんだ?」
「平助君たちがこれ、桔梗さんにお土産って…」
おずおずと差し出された彩り華やかなそれを受け取り、広げてみる。
「土産ってなん…」
「…ど? 着てみねえ?」
左之があっけらかんと言い放つ。
「……こーゆーのは千鶴が着るだろ。


っていうか誰だ俺に振り袖なんて買いやがったのはァァァっ!!!」


手にした振り袖を引き裂かんばかりにだん、と畳を踏みならして立ち上がる。
が、残念ながら左之はもちろん平助よりも背が低く小柄な俺は、あまり畏れられない。
たぶん高そうだからという理由で振り袖を千切れなかったのも理由だろう。
「なんの嫌がらせだ? 俺は体は女でも心は男だ! 侍だ! 斬るぞテメーら!!」
「ど、どうどう」
「落ち着け桔梗」
なだめにかかった左之と平助を軽々と…とはいかないものの、庭に放り出し、竹刀を手に取ったところでその声が聞こえた。


「何の騒ぎだ?」


「…っす。土方さん」
「は、はは…どーも」
休憩中なのか、眉を寄せた土方さんが庭で転がっている二人をみて、俺をみて、ため息をついた。
「お前ら何したんだ?」
「別に、コイツに振り袖着てくれって言っただけっすよ」
しれっと反省していなさそうに平助が告げる。
土方さんが俺を凝視するのがわかったが、視線をそらす。
たぶんというか間違いなく怒られる。平助と左之と三人で正座させられるかもしれない…。
「…そんなことか」
予想に反して、土方さんはため息をついただけだった。
「そ、そんなことって何ですか! 俺にとっては重要な問題です! 土方さんは振り袖着ろって言われたら着るんですか?!」
「…いや、そもそも大きさが合わないだろう」
「じゃあ大きさが合ったら着るんですか!?」
「いや…着ない、な」
そらみろ、とギャンと睨みつける。
土方さんは眉をさらに寄せ、再びため息をついた。
「一度だけでも着てみろ。減るもんじゃあるめえし…せっかく買ってきたんだろ」
でも…と口を開くと、竹刀をたたき落とされ、手に持った振り袖と共に部屋に押し込まれた。

「着てやれ」

そして、障子を閉められた。
「………」
くっそ、土方さんまで…土方さんに言われたら着るしかねーじゃん。
舌打ちをして、振り袖をパン、と広げた。



「おー! 似合う似合う!」
不本意ながら土方さんや平助たちの前で立たされている。しかも、いつもの仁王立ちではなくしっかりとした女のような立ち方だ。…いや、女だけどよ。そうするしかねーし。
「ほら、もう脱いでいいだろ。沖田さんに見られたらぜってーからかわれる。隊長に見られたら切腹する」
おもむろに帯に手をかけると、あれー? と嫌な声がした。
キリキリと首を回して振り返る。
「誰? 千鶴ちゃ…え、うそ? あれ、誰…あ、桔梗!?」
「…沖田、さん」

 さ い あ く だー!!

と叫びながら部屋に戻ろうとすると、帯を掴まれた。
「ぐぇっ」
色気も品もない息をもらすと、犯人であろう沖田さんを振り返り睨みつける。
「似合ってるじゃん。なんで逃げるの?」
テメーのその笑顔が怖えからだァァァ!! …とはさすがに言えないので、窮屈だからと返した。
「いいじゃねえか、似合ってんだからよ」
悪びれる様子もなく、左之がしれりと言う。
「おーまーえーなー…!」
こめかみに青筋をたてると、土方さんにぽん、と肩をたたかれた。
「今日1日くれぇいいだろ。休みだし。どうせこのあとは白無垢くらいしか着ねえんだろうからな」
にっと笑われ、ぐっと黙る。…まあたぶん土方さんの言うとおりだろうなあ。
「なにより似合ってる。…なあ、斎藤」
「っ?!」
「悪くは、ない」
「隊長ぉぉぉ!?」
なぜここにと叫びそうになるのを押さえ、ぐぬぬと周りの奴らを全員殺意を込めて睨みつける。無論、千鶴だって隊長だって土方さんだって、この場にいる全員は報復対象だ。
「そんな顔すんな。台無しだ」
ピン、と土方さんに額をはじかれ、土方さんを見上げる。
「…ちくしょー! 全員覚えてろよ、忘れた頃に仕返しすっかんな!!」
そう言い捨てて、腰に佩いた刀をかちゃかちゃと揺らしながらその場を逃げ出した。

「…それにしても、なぜ誰もあの刀に突っ込まなかった?」
斎藤の問いかけに、土方が頬をゆるめながら言った。
「そういうとこが可愛いんだろ」
「…ひ、土方さんまさか…?」
平助が土方を見ると、土方はニヤリと笑った。
「……さぁな」