卵とじ弁当 「凍季也、お弁当」 「ん? …ああ、ありがとう」 「…ちゃんと食べてるのか?」 「ああ、食べてる」 ならいいんだが…、と言いながらも、なおも怪しむ視線を投げかける桔梗の頭に、ぽんと手をおいた。 「働きたくない」 そう言って水鏡が桔梗にぶん殴られたのは、つい1ヶ月ほど前のことだった。それなりに本気だったらしく、かなり痛かった。 「なに、馬鹿なことを言ってるんだ」 「いや、…桔梗と離れる時間が」「馬鹿」 水鏡は至極真面目に答えたつもりだったが、桔梗はすぐさま切り捨てた。 ちなみに、ふいとそっぽを向いた顔が赤かったように見えるのは勘違いということにしておいた。 さておき。 とにもかくにも、まずは何ができるか、何をするかを確認したところ、何でもできるが、人付き合いは最悪も最悪。まったく働くと言うことに関して向いていないことだけがわかった。 とりあえずはと、樋口の実家で簡単な室内業務から手伝うことになった。 給金がでないただ働きだが、樋口曰わく、「まずは働くことになれなきゃな」ということらしい。 実際、昼間は家にいない方が光熱費も浮くので多少面倒だが、桔梗も言っていることだし(どちらかといえばこちらの方が主)、樋口の実家へ毎日通っている。 「水鏡ー、こっちの資料整理手伝ってー!」 「物理的にか、データ的にか?」 「どっちも!!」「ふざけろ」 なんだかんだで夜間の大学に行きつつもバイトや実家の手伝いをしている樋口とセットで、水鏡は今日も働いていた。 「ぶっちゃけ、水鏡働かないと思ってたからまじで助かるわー」 「失礼だな。殴るぞ」 「暴力はんたーい」 学生気分ではないものの、会話のやりとりはまるで変わっていない二人は今日も段ボールに詰め込まれている資料を整理していた。 結局何の仕事なのか、水鏡はわかっていないが、役にたっていることだけは確からしくたまにお礼として、夕食のおかずをもらって帰ることもある。 「って、もう昼じゃん。水鏡、飯にしようぜ。チャーハンでも作ったるか?」 「ああ…もうそんな時間か」 時計を見上げた樋口につられ、水鏡はかけていた眼鏡を外してシャツの胸ポケットにしまうと立ち上がった。 「作る?」 「いや、いい」 桔梗に作ってもらった弁当がある、とはにかむように笑ってみせる。 「…水鏡って、ほんと性別行方不明ー」 「うるさい…」 樋口の家でのバイトは、夕方前に終わる。桔梗が学校から帰ってくる時間に合わせているのだ。 「じゃあ、明日は俺いないから、休みで」 「お前がチーフだな」 「ま、ね」 そんじゃあ気ぃつけろよー、と笑顔で手を振った樋口に片手をあげて返すと、水鏡は帰途についた。 「た、ただいま…」 げんなりとした声が扉の向こうから届いた。 水鏡は寝そべっていたソファーから起き上がり、玄関まで赴く。 「お帰り。…すごい荷物、だな」 玄関には、靴も脱がずに座り込む桔梗がいた。授業カバンの他に、ジャージ鞄と大きな紙袋が二つほど。ジャージ鞄はいざ知らず、なぜ紙袋がと首を傾げると、桔梗が水鏡を見上げて苦笑いを浮かべた。 「どうしたんだ?」 「いや、クラスメートに貰ったというか、押しつけられたというか…」 袋の中身をぶちまけると、大小様々なぬいぐるみが飛び出してきた。やや古いものもあれば、つい最近ゲームセンターでとったようなものまで千差万別だ。 水鏡はそのうちの一つをしゃがみこんで拾い上げる。 「なんだ、これは」 「私がぬいぐるみを好きだということがどこからか広まっていてな。みんながいらないからとくれたんだ」 さすがにこれは困ると言ったんだがな…と桔梗はため息をついた。中身が綿とはいえ、これだけの量があればたしかに重くもなるだろう。 「呼んでくれれば」行ったのに。 後半の言葉は飲み込んだ。座り込んだ桔梗がおもむろに横になりはじめたのだ。いくら毎日掃除機を(当番制で)かけているとはいえ、靴も脱がず制服を着たままで、というのはどうかと思った水鏡が手を伸ばした。 「桔梗、こんなところで寝たら…」 「うーん…。眠い…寝たい、凍季也…」 「ん?」 珍しくグダグダな桔梗を見て、水鏡は少し考えてから苦笑いを浮かべた。 「寝るといい」 桔梗の大量の荷物をいったん廊下の端に寄せると、桔梗の靴を脱がせて抱き上げた。半分眠っているような状態で桔梗は水鏡の服をつかんだ。 「…おやすみ」 小さく声をかけると、桔梗を寝室に運んで寝かせた。 荷物は桔梗の部屋に移動しておいた。 「桔梗、これ」 「え?」 疲れがたまっていたらしく、結局朝まで起きなかった桔梗に変わって水鏡が食事を作った。ついでにお弁当も作ったらしく、まさに家を出ようとしている桔梗に差し出していた。 「わざわざ作ってくれたのか…?」 「いつも作ってもらってるからな。たまには」 「そうか…。ありがとう」 桔梗がふにゃりと笑った。 「ところで中身は?」 「卵とじ。樋口のほどうまくはないだろうが」 (言えない気持ちを)(お弁当に込めまして) (「ありがとう」) |