short | ナノ






少女時代?



「…念のためにもう一度聞くが、…桔梗、なんだな」
「何度聞かれても、そうだとしか答えようがないんだが…」

水鏡凍季也(17)、今年一番の危機に陥っている、……気がする。
去年の夏頃から、今の(といっても自身の最初で最後の)彼女こと、東雲桔梗と、結婚を前提に同棲を始めた。したがって、元々一人暮らしだった水鏡の家には今、水鏡本人と、桔梗の二人しかいない………はずなのだが。
「いや、本人がそう言っているし確かによく見ればそうだろうしいやだがどうなんだろうこれはいささか」「と、き、や!」
水鏡は、かつてないほどテンパっていた。
しかし水鏡のポーカーフェイスが崩れるのも無理はない。なにせ、今、彼の目の前にいるのは彼女の桔梗…を名乗る、六才ほどの少女なのだから。
どこからどうみても小学生サイズの桔梗が、今より若干高い声で水鏡の名前を呼ぶ。
「信じてないだろ。…私だって信じられないが、凍季也に信じてもらえなかったら誰に信じてもらえと言うんだ」
「…ああ、いや、信じてはいる」
「本当か?」
「ああ。ただ、その……」
あまりにも可愛いから、と言いかけて慌てて口を噤む。桔梗が不審気に見上げる。今更ながら、立った状態では視線がずいぶん違うことに気づき、水鏡はしゃがみこんだ。
「急だったから、驚いただけだ」
笑いながら桔梗の頭を撫でてやると、桔梗はどこか不服そうに眉を寄せた。
「というか、その姿ならもう少しそれらしく振る舞え」
小学生がそんな気難しい顔をするか、と突っ込むと、桔梗は目を見張ってから「善処する」と言った。
「しかし…どうしたものか」
「まったくだ。この大きさじゃ、自分で椅子にも座れない」
椅子を見上げてため息をつく桔梗の体を抱き上げて椅子に座らせてやる。明らかに高さが足りないことがわかったので、水鏡は桔梗の部屋からいくつかクッションを持ってきて椅子に積んだ。
「…誰かに電話してみるか」
ひとりで抱えていても解決しないだろうし、何より桔梗が可愛すぎて自分でもどうしたらいいかわからないので、第三者を召還しようという結論に至った。
「………、ああ。僕だ」



『………、ああ。僕だ』
「誰さ」
『わかってるだろ』
「なにその悪の組織みたいなノリは」
『いいから聞け』
「なにさ」
『桔梗が可愛いんだが』
「…切るよ?」
『いいから来い。見ればわかる』
「ちょっと水鏡、あたしの都合は、」
『見ないと後悔するぞ。あと僕自身が色々とヤバいから今すぐ来てくれ』
「は? いや、だから、」
『鍵は開けておく。じゃあ』
「えっ、ちょ!? ……切れた。…仕方ない、行ってみるか」



「誰に電話してたんだ?」
「氷雨」
氷雨がくるまでどうしたらいいかわからなかったので、水鏡はとりあえず、いつものように桔梗の正面に腰を下ろした。
子供の頃はこうだったのか、今も可愛いがこれなら昔もなどと考えていると、知らず知らずのうちに頬がゆるんでいた。
「お邪魔しまーす…」
水鏡が通話を終了してから30分も経たないうちに氷雨がひょっこりとやってきた。リビングの扉からそっと入ってくると、桔梗と水鏡を見て、固まった。
「………え、桔梗…ちゃん?」
あれ、え? と水鏡同様、らしからぬ反応。水鏡と桔梗を何度か見て、それからやっと「可愛い!!」と叫んだ。
「だから言っただろう」
「いや、そうだけどさ。ていうか桔梗ちゃんが可愛いのはいつもだし。…え〜、可愛い〜!にしてもどうしたの?」
「知らない。僕が知りたいくらいだ」
氷雨は聞いておきながら水鏡を無視し、桔梗を抱っこした。
「ひしゃ、…あ」
「あ…」
氷雨の名前を呼ぼうとして噛んだ桔梗は、すぐに顔を赤らめて俯いた。
「か、…可愛い…! 可愛すぎる!」
「ひ、ひさめっ、下ろしてくれ!」
と桔梗が言っても氷雨が桔梗をおろす気配はなく。
「水鏡、あたし桔梗ちゃん持って帰りた」「却下だ」
水鏡は即答してから、改めて氷雨にどうしたらいいかたずねた。
「どうしたらって…そんなこと言われても」
「おい、」
「あ、そうだ。桔梗ちゃん、ぬいぐるみ持ってこようか?」
「え、本当か!?」
「うん、ちょっと待っててねー」
「無視か…」
まあそれもいいか、桔梗が可愛いことだし、と水鏡は諦めて椅子に座った。
床におろされた桔梗は、きょろきょろと低くなった視線であたりを見回し、テレビの前にあるソファによじ登って足を投げ出した。
「ねえ水鏡も手伝ってよ。桔梗ちゃんの部屋のぬいぐるみ多すぎて」
「全部持ってくるつもりなのか?」
「もち」
なんで僕が、と思いながらも、ぬいぐるみに囲まれる桔梗を想像したらものすごく可愛かったので水鏡は立ち上がった。



「…で、なぜこうなっている」
「ごめん。悪かった」
リビングにはぬいぐるみの中に座り込んでいる桔梗と、それを囲んで騒ぐ烈火たちがいた。
「桔梗ちゃん、とってもかわいいです!」
「いやー、みーちゃんもさっさと教えてくれよな。水くせえ」
「………」
ぬいぐるみを桔梗に与え、それを抱きしめている桔梗を見て水鏡と氷雨が癒されていると、突然玄関が開き烈火たちがなだれ込んできた。
どうやら氷雨が、水鏡のマンションに向かっている途中で柳にあい、うっかり口を滑らせたところ、烈火、柳、風子、土門がやってきてしまったという訳のようだった。
今は烈火たちが桔梗と遊んでいる。あやとりやお手玉、ビー玉はじきなどなかなか古い遊びだが、本人たちが楽しそうなので問題はないのだろう。
「…いや、ほんと可愛いよね。うん」
「まったくだ」
「なんかあれだね、子供ができたらあんな風になるのかね?」
ねえ水鏡、と氷雨が視線を水鏡に移動すると、水鏡はしばらく考え込んでから、それは困るなと言った。
「嫁にやれない」
「黙れ死ね桔梗ちゃん馬鹿」
「むしろ名誉だ」
水鏡と氷雨がいつものノリで会話していると、急に烈火たちが静かになった。何事かと水鏡が首を伸ばすと、桔梗を抱えた風子がてくてくやってきた。
「寝ちゃった」
「寝た?」
首を傾げながら風子の腕の中をのぞきこむと、瞼を閉じて規則正しい寝息をたてる桔梗がいた。
「遊び疲れたんかな」
「子供だからなー」
「ていうかれっくんたちが遊んでたからじゃ…」
しかし寝顔も可愛いななどとまたふざけたことを思いながら、水鏡は風子から桔梗を受け取った。
「すまないな。今日はもうこのまま寝かせる」
「じゃああたしたちは帰る?」
「えー、帰るんですか!?」
柳が残念そうに声を上げると、土門が「まあまあ」と柳を宥めながら背中を押してリビングを出て行った。玄関の扉が閉まる音を聞いて、水鏡はため息をついた。
そして桔梗のあどけない寝顔をみると顔を綻ばせ、寝室に向かった。



「ん……」
いつもより窮屈な感覚に、微睡みから浮上する。瞼を持ち上げると、目の前に見慣れても見慣れない、相変わらず綺麗な顔があった。
「あ、れ…。凍季也…?」
昨日いつ寝たんだっけ、と記憶をまさぐっているうちに、昨日のことを思い出した。
「あ、そうか…。あれ?てことは、戻ったのか…?」
水鏡の腕の中、自身を見て、戻ったことを確認する。
結局何だったのだろうと首を傾げるが、わからない。戻ったのだから別にいいか、と桔梗は顔を正面に向けた。
「あ、」
「おはよう」
「おは…よう、」
不意打ちで水鏡とばっちり視線がかみ合い、照れくさくなって桔梗は顔を赤くしながら挨拶をした。
「…戻ったんだな」
「ああ、みたいだ」
残念、昨日の桔梗も可愛かったのにと笑う水鏡の胸板をぺしりと叩くと、桔梗は「大変だったんだぞ」と言った。
「まあ、戻ってくれてよかった。なにせあのままじゃ、また桔梗を待つ期間が長くなるからな」
「…か、かたじけない?」
「気にするな」
言葉の意味がよく理解できていない桔梗を見て水鏡は苦笑すると、ぎゅっと桔梗の体を抱きしめた。
「とりあえず、今日はこのまま休むか」
「え?」
「昨日一日、桔梗が抱きしめられなくて死にかけたんだ。今日くらい許してくれ」
「は…?!」
おやすみ、と言ってそのまま眠ろうとする水鏡のほっぺたや髪を引っ張って、桔梗はなんとか彼を起こそうとするが、本当に休む気なのだろう水鏡はむしろ、桔梗をより強く抱きしめるとそのまま唇を重ねた。
「ちなみに、眠らない場合やる気があると思って」「おやすみなさい水鏡さん」
すごい速さで布団に潜り込んだ桔梗を見て、水鏡は満足気味に笑みを浮かべると目を閉じた。