丸ごとくれてやる 卒業式なんて、別に特別な日じゃない。 ただ、もう、学校に来なくていいと言われる最終登校日だ。 だから、もらうものをもらったらさっさと帰ろう――と、思っていたのだが。 「水鏡君、これ…よかったら!」 よくなかったらどうすればいいんだろうと眉をひそめながらも、とりあえずは差し出された手紙を受け取る。…字が小さくて読み辛い。 先ほどからこの調子で、体育館を出てから足止めされっぱなしだ。 しかも一度立ち止まると次から次へと人がやってきて、一方的に物を押し付けて去っていく。僕は見せ物のパンダじゃないし、ゴミ箱でもない。ゴミ箱にまとめて入れてもらおうかと探したがあいにくとなかった。 「み、水鏡先輩、これ…!」 「持てない。どこかに突っ込んでくれ」 すっかり塞がった両手を見せると、熱が出てるんじゃないかと思うくらい顔を赤くした後輩らしい女子が、持っていた手紙を荷物の山にちょこんとのせて、やはり走り去っていった。 面倒くさい。 いっそのこと全部捨ててしまおうかと考えて、そんなことをしたら怒る人物がいたのだと思い出してため息をつく。 ところがどっこい、じゃあどうすればいいのだときけば、「読んでから処分しなよ」ときた。読んでも読まなくても大した違いはないと思うんだが。 まあついでだから、とその人物を探して視線を巡らせると、僕とは逆に、男子に囲まれているそいつがいた。小さいから、ヤクザに絡まれているようにみえる。 「…何やってるんだ」 「あの、水鏡君――」 「持ってて」 近寄ってきた女子に、これ幸いと荷物を押し付けると人の輪をくぐってそいつに近付く。 「桔梗、」 「あ、水鏡…」 男子に囲まれて困ったように微笑んでいる桔梗に声をかけると、桔梗はほっとしたように息をついた。つられてでるのはため息。 その男子は何を言い争っているかと思えば、 「頼む、リボンは俺に――」 「いや、俺に」 「リボンじゃなくていいから――」 …追い剥ぎか、こいつらは。 これならさっきの女子の方がまだ――「水鏡君、だ、第二ボタンあげる人って決まってる…?」――前言撤回。どっちもどっちだ。 「げっ、水鏡…!」 「ボタンくれボタン!」 「てめっ、女子に売るつもりだろ!?」 …というか、リボンもボタンももらってどうしようというんだろう。デザイン的に裁縫に利用できるとは思えないが。 「水鏡、ボタン買うから!」 「むしろ学ランのほうが…」 「男子は黙ってなさいよ!」 …もうどうにでもしてくれ、とため息をつくと、男子に引き気味の桔梗が僕の制服の袖をつかんだ。 敵は倒せるのに一般人の相手は駄目なのかと苦笑すると、なぜか女子が甲高く叫ぶ。うるさい。露骨に顔をしかめると、なぜか更にうるさくなる。嫌がらせか。 「み、水鏡…」 「………」 欲しいならくれてやればいい、と口を開きかけて、やめた。 …誰が、くれてやるか。 「おい、」 桔梗の首に腕を回して引き寄せ、キャンキャンと騒ぐうるさい奴らを低く恫喝する。 うるさいうるさいうるさい。 「ボタンだろうが制服だろうが、僕のものならなんだってくれてやる。だけど、桔梗のものは、髪の毛一本だって僕以外の奴にくれてやるつもりはない」 言い切ると、一拍間をおいて、なぜか余計に騒がしくなる。つくづく頭が悪いのか。 「ちょっ、水鏡それって――」 「桔梗は黙ってろ」 軽く睨みつけて、桔梗を拘束していた腕を放すと、学ランを脱いで放り投げた。 少し寒いが、もう三月だし、外を歩く分には問題ないだろう。 わっ、と男子と女子が投げた学ランに群れる。…ピラニアか? あるいは…いや、何でもいい。 「行くぞ」 「え、あ、うん」 興味が僕らからそれている間に、桔梗の手を取って人でごった返す廊下を駆け抜けた。 玄関を出ると、烈火たちがいやにでかい花束を持って立っていた。 「よう、桔梗、みーちゃん!」 「烈火、みんな…!」 桔梗はするりと僕の手を離れて烈火たちのもとへかけていく。…別にあいつら猿ごときに嫉妬なんてしないけど、少し、少しだけ、むっとした。 「すごい、じゃあこれ土門が?」 「いんや、葵が作ってるのみた」 「ちょっ、風子!?」 「あはは、ざまあねえの!」 …相変わらず、馬鹿みたいに、楽しそうに笑う奴らだとため息をつく。 きっと桔梗は、あいつらに会えなくなったらしばらく悲しむだろう。そしてすぐに、会いに行くんだろう。 容易に想像がついて、くすりと笑った。 「みーちゃん、何笑ってんの?」 「いや…何でもない」 「水鏡! 烈火たちが焼き肉するって! 夜は花火!」 「いま行く」 卒業したって、こいつらとの縁は切れそうにない。 |