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狂乱家族家出日記・後



いつもそう。家出をするたびにこうして見つかる。親父は自分じゃ決して探さなくて。帰ってきたあたしを叱って、殴るだけ。
男が近寄ってくる。
いやだ、来るな。
来ないで。
戻らない。
もう、青梅には戻りたくない。
「や…っ!」
手首をつかまれる。いやだ、また車に乗せられて連れ返される。
だめだ、乱崎家の人に迷惑をかけられないのに、あたしは抵抗してしまう。
「桔梗様、」
つかまれた手首が痛い。
やめて、あたしは青梅のものじゃない。


「やめろっ!!」


「銀一……っ」
男に抑えられながら、銀一がキッチンに入ってきた。
いやだ。
銀一に迷惑をかけたくない。いやな思いをさせたくない。その手を離して。銀一には触らないで!
あたしは男の腕を振りほどいて、銀一を抑え込んでいる男に体当たりする。男が怯む。その隙を突いて、あたしは銀一の手を取って走る。勝手だとは思う。だけど、居場所を失いたくない。でも、銀一にも嫌われたくない。だから、走る。凶華さんの部屋へと――。


「なんだ、騒がしい! 宴なら凶華様も混ぜろ!!」


自分から出てきてくれちゃって。でもそれが凶華さんって人で。
「ん? なんだ貴様ら。我が家に入り込んでいるとは、いい度胸をしているな!」
「お嬢ちゃんには関係ないだろ。おとなしく、桔梗様を返していただこう」
「桔梗様…? ああ、そうか。貴様ら、青梅の連中か」
凶華さんを無視して、あたしに近づいてくる男。ばっかじゃないの。凶華さんなめてると、痛い目見るんだから。


「凶華様は凶華様である! それにバカ息子の彼女を勝手に連れ去ろうとは何事だ?! 凶華様の許可を得ずに勝手なことは許さん! そもそも桔梗は我が乱崎家の調理係だ!!」


凶華さんが頼れる存在に見える。あたしのお母さんも、こんなだったのかな。親父も、お母さんがいたころは優しかったのかな。
男たちが凶華さんに襲い掛かるけど、その人数じゃ勝てない。凶華さんには核ミサイルでもって対抗しなきゃ張り合えないよ。


「そこまでにしろっ!」


――…今一番聞きたくない、聞きなれた声。


「だらしない…それでも青梅なのか!」


隣で、銀一が息をのむのがわかった。


「桔梗、」


なんで――こんなとこにいんのよ、



「………馬鹿親父」



「実の親にむかって馬鹿とは何だ、桔梗」


嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
なんでいんのよ、なんで来てんのよ。いつも来なかったじゃん。なんで今回に限ってくんのよ。
「実の親…? ああ、桔梗の馬鹿親父か」
凶華さんが事もなさげに言い放った。
「うちの者が失礼しました。しかしそれも、すべてそれ、うちの娘の桔梗のせいです。ご迷惑をおかけして申し訳ない」
親父が馬鹿丁寧に謝る。
あたしは銀一の陰に隠れる。
「さあ、帰るぞ桔梗。これ以上こちらさまに迷惑をかけては――」


「…お前、本当に桔梗の父親なのか?」


「……はい?」
凶華さんが低い声で尋ねる。
「桔梗は間違いなく私の娘ですが?」
「それでは…なぜ、桔梗が嫌がることを無理やりやらせようとするのだ。本当の親ならばそんなことはさせないだろう」
「あなたは他人の家に口出しをするのがお好きなんですかな?」
「はぐらかすな! 桔梗が嫌がっているのに、なぜ跡を継がせようとする。桔梗がこんなにも抵抗しているのになぜ見ぬふりをする!」
「凶華さん……」
あたしは、あなたたちの家族じゃないのに。こんなに、あたしのことで怒ってくれるの? ほんとは銀一さんの彼女でもないのに、かばってくれるの? 迷惑を運んできたのに――それでも、ここに置いてくれようとしているの?
「我が家のことですから、我が家で決めます。青梅には桔梗以外の跡継ぎがいないから、桔梗に継がせるのです。それは、桔梗自身もわかって「わかってない! わからない、そんなこと! あたしは絶対に青梅を継がない、継ぎたくない!」桔梗…?」
銀一に隠れながら、凶華さんに守られながら親父の言葉を否定するあたしは馬鹿みたいだ。弱虫。だけど、今言わないでいつ言うの? 言葉が矢継ぎ早に出てくる。
「あたしはいや。絶対に青梅を継がない。それはあたしが決めたことだから、親父には口出しをさせない。あたしはここにいる。乱崎家にいる。青梅にはあたしの帰る場所がない。親父が親父に――父親に思えない。今まで親父があたしの意見を尊重してくれたことなんて一度もなかった。いつもいつもあたしに命令して、できないと叱って、あたしはもういやだ。二度と帰らない。帰りたくないのっ!」
あたしが本音を吐きだすと、親父はしばらくぼけーっと突っ立っていた。
「……親父さん、桔梗の、帰れる場所を作ってください」
銀一が、親父に向かって話しかけた。
「君は黄桜の…?」
「いまは乱崎です。それよりも――青梅に、桔梗の帰れる場所を作ってください。押しつけるのではなく、互いに語り合える場を」
「銀一……?」
銀一は、何を言っているの?
「桔梗が帰りたいと思ったときに帰れる場所を作ってください。そうしたら、桔梗は返します」
「銀一っ?!」
「桔梗……ずっと乱崎にいることはできない」
「どうして? あたし、やっぱり要らない子なの? 必要ないの?」
どうして。
銀一が、そんなことを言うの。どうしてそんな顔をするの。
知ってるよ、銀一がそう思ってないことくらい。だけど、あたしは青梅なんかに帰りたくない。銀一は、わかってくれないの? 銀一だって、黄桜がいやで飛び出して乱崎になれたんじゃないの? どうして? なんで?
「桔梗…俺は桔梗がいなくて、ずっと寂しかった。だけど、ずっと一緒にいることもできないから。青梅に帰ってほしいと思う。桔梗に居場所があるのなら。……だけど、乱崎にも遊びに来てほしいんだ」
「銀一……」
やめてよ。そんな悲しい顔で言われたら、あたし、頷くしかないじゃない。あたしが銀一を困らせられないの、知ってるでしょ?
「……どうする、馬鹿親父?」
今の今まで黙っていた凶華さんが、膝を折った親父を見下ろしながら言った。
「……時間をくれ」
「…父さん?」
「桔梗、すまなかった…時間をくれ。桔梗が帰れる場所を、青梅を実家だといえるような場所にする――だから、しばらく待っていてくれ」
「父さん……」
初めて見る顔。ああ、そんな顔もできたんじゃない。
あたしは、求めていたんだ。
青梅の主じゃなくて、あたしの、父さんを。あたしの、居場所を。
あたし、もう逃げない。
父さんの前にしゃがみこむ。
「待ってる。ずっとずっと待ってるから」
父さんが弱弱しく微笑んだ。



「ごめんね、親不幸の娘で」
あたしは、そういって涙を流すしかなかった。



「おっはよー! 銀一!」
「ふぁ…おはよ、桔梗。朝から元気ね」
「元気も元気! きいて? 父さんがね、跡を継がなくてもいいって!」
「ほんと?」
「うん! どこぞから養子をもらうんだってさ」
「へえ…」
あたしはあの一週間後、青梅に戻った。そこはもう、青梅じゃなくて、あたしの家だった。
帰ってきたあたしを見て父さんは、叱らないで、ただ、ごめんと言った。あたしも、ただ父さんに謝るだけだった。
せっかく帰る場所ができたから、アルバイトもまた入れた。携帯も買い替えた。またGPSはついてないけど、父さんも携帯を買ったからアドレスを登録しておいた。もちろん、銀一のアドレスも入ってる。
あたしは暇を見つけては乱崎家に遊びに行っている。といっても、フリーターの身なので稼ぎ時のランチタイムと夕方以外は暇なんだけどさ。
「ふぁ…あれ、桔梗さん? 今日も早いんだね…わたしは早起きがさっぱり苦手だよ」
眠そうに眼をこすりながら優歌ちゃんがでてきた。うん、確かに早いよね。まだ学校も始まってない時間だもん。
「おはよー、優歌ちゃん」
「おはよう。優歌ちゃん、ご飯はまだだから、服を着ていらっしゃい」
「あれ? お父さんはまだ起きてないの?」
「なんだかね。でも大丈夫よ、お父様が起きてなくても、桔梗が朝ごはんを作ってくれるもの」
まてまてまて。
そうか、言われてみれば凰火さんがいないね。今まで気づかなかったあたしってやっぱ馬鹿?
「え、あたしつくんの? いや、別にいいけどさ」
嬉しいな。また乱崎家のご飯を作れるなんて。今日はちょっと凰火さんに感謝しようっと。凰火さん、サンキューです。
「わーい。わたし、桔梗さんのご飯さっぱり好きなんだよ」
優歌ちゃんってば、かわいいー。あたしも妹ほしいなあ。だって養子ってば男の子だし。それもあたしより年上だから、お兄ちゃんなんだよね。弟だったらよかったのになあ。
「……桔梗?」
「んー?」
今日も今日とて、勝手に乱崎家に入ってきたわけだが。最近の日課である、銀一を見かけたら銀一に抱きつくをまた継続していた。あ、そうか。そうかそうか、そうだね、動けないね。
「ごめん。忘れてた」
「いや別に…ところで養子って?」
「ああ。あれね、養子をとって、その子に後継がせるんだって。むかし父さんがお世話になった人の子供で、いまは色々あって孤児だったんだって」
「ふうん……」
「あたしや銀一よりも年上なんだけどね、なかなかかっこいいんだよ。あたしは弟の方がほしかったんだけどさ」
あーあ、こうやって愚痴るのも日課になってきたなあ。うん、やっぱり銀一がいるとすっごく楽。
「……俺よりも?」
「ん?」
「そいつ、俺よりもかっこいいの?」
「まっさか。銀一ってばかっこよすぎるし、女装したらあたしより女っぽいし。いやあ、得だね、銀一。いいなー」
「桔梗も、思ってる以上に可愛いけどね」
「んん? 素敵なお世辞をありがとう。銀一に言われるとうれしーよ」
相変わらず銀一は優しいんだから。そういえば、いつもそうだったなあ。ちっちゃいころからあたしのことをずっと気にかけてくれて。あー、銀一みたいなお兄ちゃんだったら良かったのに、って思ったのは本人には内緒。だってきっと、別の答えが返ってくるだろうから。
「どうしたの、黙っちゃって?」
「ううん。あたしやっぱり乱崎家じゃなくてもよかったなって」
「なんで?」
ふふふ、これはきっと銀一にもわからないだろうなあ。あたし、銀一に言うの初めてだもんね。


「だって家族だったら結婚できないじゃない?」


あはは、銀一ってば変な顔してる。まあそうだよねえ、ちっちゃいころもそんなこと言わなかったし。
「桔梗……?」

「なんだ! きてるならそういえ桔梗! さあはやく、凶華様のために朝食を作るがいい!!」

あれま、凶華さんってばナイスタイミング。ごめんね銀一〜。
「はいーいま作りますよー」
あー幸せ。青梅でも、こんな家庭的なことしたいなー、とか思ってみたり。





――青梅桔梗の日記より抜粋(×月×日)

うん、今日は銀一の驚く顔が見れて楽しかったな。銀一ってば、あれから全然しゃべらなくて、すぐ帰ってきちゃった。
今日は上手にできたから、来週から青梅のご飯もあたしが作ろうかなあ。父さんも兄さんもきっとびっくりする。あたしってば、バイトもしてるから料理はうまいんだよねー。
そういえば、寝坊した凰火さんはどうなったのかな? 結局起きてこなかったし…珍しいこともあるんだなあって思ったけど。やっぱり、凶華さんに起こされるのかな?
うん、明日乱崎に行くのが楽しみ。銀一ってばどんなこと言うんだろ? やっぱり冗談だと思うかなあ?



――乱崎銀夏の日記より抜粋(×月×日)

えーと…今日も桔梗が遊びに来たんだけど……あの言葉、俺以外誰も聞いてなくて良かった。あれは……どうとればいいんだろう? 俺の希望どおりの意味にとっていいのかな? あー…桔梗からきくなんて思わなかった。
どうしよう、俺は明日どんな顔して桔梗に会えばいいんだろう。……冗談、だったら俺の勘違いになるんだけど…あーなんでこんなに悩むかな。いっそのこと、何も言わないでみるとか? いや…それはちょっとできないよなあ。
やっぱ、俺の気持をちゃんと答えるべきだよね。



――乱崎家家族日記より抜粋(×月×日、凶華様)

馬鹿息子め! 彼女ではないと断っておきながら桔梗は彼女ではないか! なんだ、プロポーズみたいなことを言われおって。しかもそれに返事