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狂乱家族家出日記・前



こんにちは、青梅桔梗です。
今日は親父が一族の跡を継げとうるさいので、とうとう堪えかねて家を飛び出しました。
ありったけのお金と携帯電話。それから必需ポーチと一冊の手帳。持ってきたのはそれだけ。
あてもなく商店街を彷徨っているところです。
幸運なことに、あたしの携帯はあたしが料金を払っているし、GPS機能もついていないので、そこから特定されることもない。
本当、なんであたしは極道の娘にうまれてしまったんだろうか。



「あ〜あ…ほんと、どうしようかなぁ…」
自宅近くの駅から行ける距離で、5駅以内のところからは出た。近くにいると見つかりやすいから。
なんで女のあたしを跡継ぎにしようと思ったんだろうか。せめて婿を取ろうとは思わなかったのか、あの親父は。
きっと今頃は血眼になって捜しているだろう。先日、黄桜の銀一がいなくなったばかりだし、青梅が主導権を握れるかと思っていたところで、あたしの家出。
「あーほんと、どっかに銀一転がってないかなー」
銀一は幼馴染だ。
同じ極道の家に生まれた、唯一の友達。
銀一んとこの黄桜は、銀一を男のように男らしくと育てたせいで銀一が性同一障害になってしまい、挙句の果てにはなんだかよくわからないうちに「世界を救うため」と称してどこかに連れていかれた。
成人してからは会うことも全然なかったけど、できれば連絡がほしかった。
でも、きっと銀一はそこで幸せに暮らしている。男に縛られることなく、自分の好きなように。だからあたしは、そんな銀一の幸せを奪うのは許されないことだと思って銀一を探せずにいた。
「どっかに転がりこめば雇ってくれるかなあ?」
家出をする前日にアルバイトを全部やめた。これまでためたお金で、何週間かは生きていけるけど、ずっとそうするわけにもいかないし。


「お母さんに頼まれたんだよ」
「お母様ったら…優歌ちゃんにたばこを買わせるなんてね」
「銀夏さんのおかげでたばこが買えて、わたしはさっぱりうれしいんだよ」
「困った時はいつでも言ってね、優歌ちゃん」


微笑ましい会話だったけど、どこか聞き覚えのある声が混ざっていた。
まさかね、幻聴だよ。あたしってば、銀一のことこんなに求めてるなんて。アホらしい。
そう思いながらも、結局声の主を確かめちゃうあたしは馬鹿なんだろうなあ。声を聞いた時からわかってたことじゃん。あたしが、銀一の声を聞き間違えるわけがないんだからさ。

「銀一…――」

やっぱり、格好こそ違え、そこにいたのは小学生の女の子と手をつないでいる銀一だった。すごく、楽しそうに笑ってる。あたしでもめったに見れなかった銀一の笑顔。
あーあ、どうすんのあたし。銀一を見つけたけど。それで、どうすんの? 声でも掛けてみる?
――できないよ、そんなこと。
あたしにはできない。あれは銀一であって銀一じゃないんだから。
「はあ………」
どうしよっかなあ。もう帰ろうかな。いまなら許してもらえるかもしれない。
家も、親父も嫌いだけど。きっとあそこ以外にあたしの居場所なんてない。銀一はきっと、あたしのことなんてもう覚えてないよ。
くるりと踵を返す。携帯電話を取り出して、家の番号を画面に表示する。……通話ボタンが、押せない。押したくない。


「あら…? 優歌ちゃん、ちょっと待っててね」
「わかったよ」


携帯電話を持つ手が固まってる。押して、押してよ、あたし。自分の体なのに、これっぽっちも言うことを聞いてくれない。


「ねえ………もしかして、桔梗?」


銀一の声がする。これこそ幻聴かな。あたしの名前とか出てるもん。
それでもあたしはそのまま首だけ動かして振り返る。
「…銀一?」
疑問形にしてるけど、わかってる。銀一だってこと。
「やっぱり…久し振り、どうしたの?」
急に笑顔になった銀一があたしに近寄ってくる。


カツン


あたしの手から、携帯電話が滑り落ちて音を立てる。
「ほんとに…ほんとのほんとに銀一?」
「うん…まあ今は乱崎銀夏っていうんだけどね」
照れくさそうに言った銀一は、ちょっとかがんであたしの携帯電話を拾ってあたしに差し出した。
しばらく見ないうちにまた身長がのびたんじゃない。男なのか女なのかわかんないのは相変わらずだけどさ。
「あ、こんなとこにいるってことは何かの用事だった? ごめんね、呼びとめちゃって」
「ううん……ねえ銀一。あの女の子は?」
「ん? あれは妹。乱崎優歌ちゃん」
妹。
どういうことなんだろう。乱崎、ってなんだろう。
あたしの知らない銀一がいる。
「桔梗、この後ひま? よかったら家族紹介するよ」
銀一の話し方はどこかぎこちなくて、さっきの会話からして女言葉を使ってるんだろうな、いつもは。
「ひま、だけど……いいの?」
「うん、いいよ」
銀一はそう言うとあたしの手をひいて、さっきの女の子――優歌ちゃんのところまで歩いた。
「銀夏さん、その人は――?」
「大事な人。これからおうちに招待するから。優歌ちゃんにも紹介するわね」
銀一があたしの方を見たので、あ、これは自己紹介するのか、と思って優歌ちゃんにぺこりとお辞儀をする。
「あたし、青梅桔梗。ええっと、銀一の…幼馴染」
「わたし、乱崎優歌っていうんだよ。よろしくね、桔梗さん」
優歌ちゃんはとってもかわいくて、こんな妹だったら銀一はさぞ鼻が高いだろうなと思った。
「さ、行きましょ」
銀一はあたしと優歌ちゃんにむかって微笑んだ。
あたしは、携帯電話の電源を落としてポケットに滑り込ませた。



「ただいま〜」

優歌ちゃんが元気よく扉を開ける。
銀一の家――乱崎家はごく普通の一軒家だった。住人は全然普通じゃなかったけど。

「おかえり、優歌」
「おかえりである、姉上殿――兄上殿もおかえりである…って、そちらの御仁は?」

優歌ちゃんと銀一のお迎えに出てきたのは、背の高いロボットと、大きなライオンだった。ちょ、ちょっと待ってよ。ロボット? ライオン? なんでどっちもしゃべってんの? ていうかなんで家に普通にいるの?!
「ただいま、雹霞くん、帝架くん!」
「ただいま〜♪」
優歌ちゃんも銀一も普通に靴を脱いで上がっている。普通にロボットとライオンと話してる。ライオンはさすがに怖いんだけど。ねぇ! ちょっと銀一、説明してください!
あーだめ、頭が混乱してる。せめて一個ずつにしてほしかった。あたし頭固いからだめだって。
「桔梗、上がっていいよ」
「上がっていいって…ねえ銀一、まずは説明を求めたいんだけど?」
さっきは銀一と再会したショックで呆然としてたけど、もうだめ。この状況じゃ銀一に頼るしかない。もう頼りっきりでいいから、一から説明して。
「まあ、まだ会わせたい人もいることだし、説明はそれからでいいでしょ?」
「そうだよ、桔梗さん、お母さんに会ってよ!」
優歌ちゃんにも頼まれちゃった。
うん、お母さんは気になってた。あたしにはお母さんがいなかったからどんなものなのか気になってたし、優歌ちゃんにたばこを買いに行かせる母親ってすごいじゃん。
「うーん…わかった。それじゃあ、お邪魔します…」
このさい、潔くお邪魔しよう。
あわよくば、しばらく泊めてもらうと思ってたけど…そんなこと頼めない状況になってきちゃったし。



「お母さーん! お客さまなんだよ〜」
優歌ちゃんがリビングの奥の部屋にむかって言った。
ロボット――雹霞くんはテレビの前に陣取って、ライオンの帝架くんは優歌ちゃんにもふもふされてる。気持ちいいのかな? 帝架くんの毛。
あーでもなんでだろ。なんであたしこんなとこにいるんだろ。銀一と再会したのは運命って言ってもいいのかなって思ってたけど…ややこしくなってる気がする。
ほんと、親父に電話してなくて良かった。あそこであたしはなにを血迷ったんだろうなあ。


「客?! だれだ!!」


「……え?」
ちょっと待ってください、お母さんって――ネコミミがついてるものなの? あたし、違ったと思うんだけど。あれ、あたしが間違ってるの?
「お母様、私の「幼馴染の青梅桔梗です!」…というわけなの」
「銀夏の? なぜ我が家にいるのだ?」
「私が呼んだの。桔梗に会うのが久しぶりだったから」
「ふむ……」
ねえ銀一。お母さんって小さいものなの? 全然見えないんだけど。お母さんって名前なの、もしかして?
だれもあたしの疑問には答えてくれないんだけどね。心の中で呟いてるだけだから。
「あのね、銀一」
「ん?」


「とりあえず……一から説明してもらってもいい?」


もう、ほんとにわけわかんない。



「というわけで、集められたのが乱崎家なの」
「へえ……って、てことはお母さんって言っても銀一より年下なんだ?」
銀一はやっぱり女言葉の方が楽みたいで、途中から女言葉になった。なんか、銀一ってばあたしより女らしいんじゃないの? ちょっと悔しいんだけど。
「それはそうと…」
お母さんこと、凶華さんがあたしを見上げる。うん、まあそうなっちゃうよね。あたしってば背が高いから。

「貴様、銀夏の彼女か?」

「……は?」
「ちがいますよっ! それに今の銀一じゃ普通彼氏じゃないんですか?」
あれ、あたしいま変なこと言ったよね。まあいいか。
「違うのか? つまらんな……」
凶華さんはしっぽをうねうねとさせながら言った。しっぽもついてるって…乱崎家っていったいなんなの? 銀一もそんな人だったの? ていうか雹霞くんとか帝架くんは普通に人間じゃないよね?
でも…なんか、あたしの家よりもっと家族っぽい。うらやましいなって思う。
ちょっとぶしつけだけど…一晩、泊めてもらおうかなあ。
「あの、」
「ん?」
「えと…一晩でいいので、泊めてもらえませんか?」
「泊める?」
あー…やっぱ無理か。そうだよねー、うん、無理無理。こんな素敵な家族に割り込むなんて。あたしなんかに許されることじゃないんだ。ほら、銀一も凶華さんも変な眼であたしを見てる。やっぱりあたしには居場所がないんだ。帰るしかないんだって。

「一晩でいいのか?」

「………え?」
耳を疑う。凶華さん、いまなんて?
「泊まりたいなら好きなだけ泊まるがいい! そのかわり、銀夏との関係を洗いざらいはいてもらうからな!!」
「お母様…」
「なんだ銀夏。異論はあるまい」
「ええ、もちろんないけど」
「凶華さん…ほんとにいいんですか?」
嘘なら今のうちにそう言って。あたしの期待が小さいうちに。


「当たり前だ!」


凶華さんは、さも当然のことのように言ってくれて。
ほんとに、親父もこれくらいのことをしてくれたら、言ってくれたらあたしだって帰れるのに。あたしには居場所があそこしかない。だけど、帰る場所はない。


「あー…どうしよ、あたし乱崎家の子供だったらよかったのに」
そう、思っちゃうじゃない。



銀一との再会を果たして、乱崎家にお世話になって三日目。
乱崎家のお父さん、凰火さんは最初は驚いたけど、すぐにうけいれてくれた。いいお父さんだなって思った。親父もこれくらい寛容だったらいいのに。銀一も家を出たくなるはずだよね、誰も自分を見ていないんだから。
なんかもう雹霞くんも帝架くんも気にしなくなったし。
あたし働くからこのままここにいたいなあって思ってた、ある日のこと。



ピンポーン

玄関のチャイムが鳴る。
この時間帯、家にいるのは凰火さんと優歌ちゃん以外。最近は雹霞くんもいないんだけど…。
どっちにしても凶華さんは出ないし、あたしはお昼ご飯を作っていたので、銀一に出てもらった。
盛り付けているとこだから、玄関から声が聞こえないかと耳を澄ます。

ピンポーン

またチャイムが鳴る。せっかちさんっているもんだからね。結構迷惑なんだけど。
「はいはい」
銀一の声。扉を開ける音がする。


「こちらのお宅に、こんな女性はいませんか?」


……人探し? ううん、そうだけど、ちがう。聞いたことある声。あれは――一族の人の声だ。
「うーん…知らないわね、他を当たってくれる?」
銀一が気づかないわけがないけど。
なんだろ、うれしい。
「そんなことないはずですね。黄桜銀一さん?」
「な…っ?!」
嘘。
気づく? そこであんたたち気づくの? 黄桜のことなんていつもいつも気にかけてなかったじゃん! 最悪…親父の馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿っ! どう