short | ナノ






次はジブリにしましょう。



「つーわけで、頼むな」
「うん、任せてよ。危険もないし、今日は出前取れるし」
池袋某所。岸谷新羅(とセルティ)のマンションの(部屋の)玄関の前に立っている金髪グラサン、バーテンダーの格好をした池袋最凶の男、平和島静雄は新羅と会話していた。
彼ら二人は学生時代に同級生であったのと、二人の仕事上いまも関係が続いている。
「ほれ」
そう言って静雄は背中に隠れている少女を新羅のほうに軽く押しやった。
「おはよう、桔梗ちゃん。調子はどう?」
「おはよーございます。調子は普通です。ソーソーです」
ぱっちりとした黒目の少女、桔梗は笑顔で新羅に答えた。彼女は、これでも静雄の彼女である。実は新宿在住の情報屋で静雄の宿敵、折原臨也も狙っているとかいないとか。
「じゃあ、夕方にまたくらぁ」
「いってらっしゃーい。あんまり人に怪我させないでくださいねー」
見送る桔梗の言葉に、片手をあげて返事をすると、静雄は仕事に向かった。
「さて。セルティもそろそろ仕事だからね。桔梗ちゃん、なにかしたいこととかある?」
「DVDがみたいです!」
新羅の言葉に即答して、桔梗は鞄をちょっと持ち上げた。
「…わざわざ持ってきたの?」
「はいっ! トーマスとジェニーです!」(※ トーマスとジェニーとは、アメリカの有名な猫と鼠のアニメである。
新羅は眉尻を下げて笑うと、桔梗を部屋の中へ招き入れた。



さて、静雄はというと、いつもどおりテレクラの未払い金を取り立てていた。
その日はいつもより仕事が少なく、さらに取り立て先では結構金が用意されていたので、静雄の機嫌はあまり普段ほど悪くなかった。
臨也の影がなかった、ということもあるのだろうか。



その日の夕方。
いつもより早めに切り上げてきた静雄は、マンションのセキュリティにより、ロビーで新羅を呼び出していた。
「……遅ぇな」
『………あ、静雄? 早かったねー。いま開けるから、ちょっと待ってね』
少しして、自動扉が開く。静雄は中へ踏み入った。
そしてエレベーターが上の階にあったので、階段を昇る。
新羅の部屋のインターフォンを押すと、中から鍵の開く音がして、扉が開き、新羅の顔がひょっこりと出てくる。
「桔梗は?」
「あー、桔梗ちゃんはいま――」
新羅が何事かを言いかけたとき。
静雄は体に小さな衝撃を受けてよろめく。
「ぅおっと…?」
見ると、華奢な少女が抱きついている。というか、桔梗であった。
「桔梗…?」
「静雄さんおかえりなさい遅かったですね!」
顔を上げないまましゃべったため、声がくぐもっている。
静雄は普段と違う様子に顔をしかめた。そして、新羅を見る。
「…なにしやがった?」
「ちがうちがうちがうって! 僕は何もしていないよ神に誓って!」
静雄の剣幕に、新羅は慌てて首を振った。
桔梗はまだ静雄に抱きついたままである。これで、何かないと思うほうがおかしい。まさか、臨也が来たのでは――。はっとして、桔梗をそっと抱き締めて尋ねる。
「どうした?」
桔梗は一瞬強く抱きしめたあと、ぱっと静雄から離れた。
「新羅さんがね、新羅さんがね、」
桔梗がそういうと、静雄は「やっぱりお前か」というものすごい剣幕で新羅をにらんだ。そして、桔梗の次の言葉に脱力した。
「一日中怖いDVDばっかかけてたの!」
「……はぁ?」
思わず、聞き返す。
「わたしがDVD見たいっていったら、怖いものばっかりかけて…!」
「だって、桔梗ちゃんの持ってきたDVD、うちのじゃ見れないから」
そんなことか、と思い、だけど少しほっとする。
「とりあえず、帰る用意して来い」
「はーい」
静雄が言うと、桔梗は返事をしてとたとたと部屋の中へ入って行った。
静雄と新羅はそれを見送って、立ち話をする。
「…臨也の奴だったら、捻り殺してやろうかと思った」
「……それは臨也を? それとも僕を?」
「どっちも」
静雄が即答すると、新羅は引きつった表情になった。
「はいなー。新羅さんお邪魔しましたー」
桔梗がさっきまでの気分はどこへやら、いつもの笑顔で新羅に向かって言った。
「次は、怖くないDVD用意しとくから、来るときは先に行ってね、静雄」
「俺かよ」
「桔梗ちゃんは自分じゃわざわざ来ないからね」
前半は桔梗に、後半は静雄にむかって新羅が言った。
桔梗は来た時と同じように、静雄の影に隠れると、顔だけひょっこりと出して言った。
「新羅さん、次はジブリにしましょう」
新羅はそれを聞いてほほ笑むと、「用意しとくよ」と言った。



「桔梗、お前ジブリなんか好きだったか?」
「好きだよー。静雄さん、知らなかったっけ?」
「初耳だ」
「じゃあいま聞いたね! ちなみにジブリはラピュタが一番だと思うな!」
「ラピュタ? いやいや、ジブリはトトロともののけ姫だろ」
「えー、だってもののけ姫怖いー。トトロはいいと思うけど、一番じゃないかなぁ」
「それいったら、ラピュタだっていいけど一番ではないだろ」
「うーん。でも、やっぱり今のより昔ののほうがおもしろいよね」
「でも、千と千尋のかみかくしは結構面白かったぞ」
「うん、あの辺りまではセーフ!」
「セーフって…そういや、どんなDVDかかってたんだ?」
「そそそそんなの、怖くて見てないから覚えてないよ!」
「…桔梗って、怖いのだめなんだな」
「むー…今日眠れなかったら新羅さんのせいだもん。……ねえ静雄さん、今日一緒に寝てもいいですか?」
「なっ…おまっ!」
「? どうかしました? あ、だめですかそうですか」
「だめっつーか…不意打ちは無しだろ…」