電話 「はあー……帰りたくねえー…」 桔梗が重く深い溜め息をつくと、帰り支度をしていたクラスメイトの帝人(みかど)が声をかけてきた。 「どうしたの、桔梗ちゃん?」 「いやね…」 「桔梗、そんなに俺と一緒にいたいか! 俺は大歓迎だ! でもナンパは行くぜ!」 桔梗と帝人の会話に割り込んできたのは、友人の正臣(まさおみ)だった。 桔梗は正臣に向かってあほか、といい、両手で頭を抱えるようにしてまた、溜め息をついた。 「どうしたの?」 「朝さ……臨也(いざや)と、喧嘩して…」 臨也、という単語が桔梗の口から発せられると、正臣の表情が固くなった。 帝人はそんな正臣を横目に、それで? と聞いた。 「喧嘩っていうか、まあ、顔を合わせづらいってだけで…しかも、あたしだけさ…」 「あー…。でも、帰らないわけにはいかないでしょ? 前に家出したときは大変だったって」 帝人が複雑な表情をして、相槌を打つ。 「そうなんだよねー。だから、今日は遅めに帰ろうかなって…なんなら、正臣のナンパにつきあってもいいし……」 ピピピピ! と携帯から着信音が聞こえた。 誰のだろうと、お互いに顔を見合わせ、やがて桔梗が自身の携帯を開いた。 その瞬間に表情が固くなり、最悪、と呟くのが聞こえた。 「だれから?」 桔梗の声が聞こえなかったのか、正臣がたずねる。桔梗の発言で、機嫌がよくなったらしい。 帝人には予測がついていた。 「………いざや」 「…なんて?」 「んー、と……え、」 正臣の問いに桔梗は答えず、代わりに携帯の画面を突き出してきた。げんなりした表情になっている。 「なになに…」 「あ……」 正臣と帝人はメールの本文を読んだ。 「今日は早く帰って来てね、はーとって……」 「どう考えても、普通は彼女からのメールだよな。これじゃ逆じゃん。桔梗が今日は早く帰るね、とか送るとこだよな」 本文は簡潔だったが、折原臨也という人物の性格を微妙に表していた。 正臣に向かって桔梗は携帯を握りつぶしそうな勢いで言った。 「あんだって? だれが彼女だコラ」 ドスをきかせて、今なら人が殺せるぜ! ってな雰囲気だった。 「いやいや、帰りたくないなら俺んち来る? 全然オッケー「桔梗ちゃん……帰らなくていいの?」 正臣が全て言い終える前に、帝人が言葉をかぶせた。 「さすが帝人「……どうしようかな」 と、また桔梗の携帯が音を立てた。 桔梗が画面を見ると、今度は電話だった。相手は勿論、 「……臨也?」 あからさまにいやそうな声で電話に出て、言葉少なく徐々に蒼白くなっていった。 「え、ちょっとまっ」 どうやら、用件を言われて一方的にきられたようだ。 「……ごめん。帰る」 引きつった笑顔で桔梗が言った。 「そっか。大変だね」 「うん……じゃあ」 帝人と正臣が別れを告げると、桔梗はすばやく荷物をつめ、走っていった。 正臣は、「あれ、桔梗、今なら世界新記録じゃね?「桔梗ちゃん、大丈夫かなあ…」 ばん、と荒々しくドアを開ける音がして、次いで靴を脱ぐ音、騒がしい足音がする。 足音の主がリビングに到着すると、臨也はソファでくつろいでいた。 携帯片手に、桔梗を振り返る。 「おかえり。早かったね」 にっこりと笑うと、片手に携帯を握り締めて肩で息をする桔梗が、 「死ね! 臨也、死ね!」 と言った。 さらに、たくさんの教科書類が入った鞄を臨也の頭部めがけて投げるもひょいとかわされ、派手な音を立てて床に落ちる。 臨也はひどいなあといいながら、桔梗をなだめた。 「でも桔梗はちゃんと三十分以内に帰ってきてくれたじゃん。これも、愛の力?」 「その口がきけないように、ぼこぼこにしてから静雄んとこ、連れてってやる」 まだ息を荒げながら、桔梗がいった。 「それは勘弁。シズちゃんと桔梗じゃシャレになんないから」 「じゃあ今度から、脅迫電話はやめてもらえる?」 「脅迫なんて、そんなことしてないよ。俺はただ、三十分以内に帰ってこないと、」 「いやいい! 言うな! 言ったら殺す!」 「ははは、桔梗は可愛いなあ」 「うっさい! 死ね! 百万回死ね! むしろ殺されろ! あたしが最後に殺してやる!」 「最後ってとこに、また愛を感じるよね」 「うるさい死ね!」 「あはは、照れてる桔梗も可愛いなあ」 「黙れ死ね!」 |