short | ナノ






失敗作



トン トン トン

空目が階段を上ると、靴が音を立てた。一定のリズムで、音を刻む。次は授業が入っていないので、部室で本を読もうと思ったのだ。


タン タン キュッ タン


上のほうから、軽快な足音が聞こえた。
空目の足音とは違う。スニーカーのような音だ。ときおり靴が床ですれる独特のキュッという音がする。

タン キュッ トン

タン トン

2つの足音は徐々に近づく。

タン キュッ

トン

「あれ、へーか?」
「…桔梗か」
足音の主は、桔梗だった。
片手に小さな包みを持って、目をぱちくりとさせた。
「ちゃーっす」
「どこへ行くんだ?」
「んー。決まってない」
「…そうか」
桔梗も次は授業が入っていないのだろう。いつものように、適当な挨拶をうけて空目は受け流した。
「それは何だ?」
「これ?」
桔梗は手に持った包みを持ち上げた。ガサリと音がする。小さなものがいくつもつまっているようだ。
桔梗はガサガサと包みを開けながら、
「これはさっき作った」
「作った? 家庭科か?」
「うん。ひとつどーぞ」
「いらん」
「ええっ!?」
包みの中に入っていたのはクッキーだった。
若干、焦げ気味だ。
桔梗が一つつまんで食べながら、空目にすすめてきたが、空目は即効できっぱりさっぱり断った。
桔梗はガン、とショックを受けたようだが、しばらくすると顔を上げて包みなおし始めた。
つまらなそうに呟いた。
「へーかが食べないなら、たけみやトシにあげよー」
トシ、というのは俊也のことだ。
空目は、これを聞いて、桔梗が包み終える前にクッキーを一つ、ひょいとつまんで食べてしまった。
「あ」
「………」
しまいかけのクッキーが一つ、消えた。
空目はまだ咀嚼している。サクサクと音を立てる。
「へーかへーか、おいしいですか?」
桔梗はにんまり笑って空目に問う。
「…独創的だな」
空目は顔をしかめていった。いつもこんな感じだが、今回はクッキーの味に対して評価を表情で表したようだ。
左目はいつもどおり髪の毛に隠れているが、それでも眉間にすごく皺がよっているのがわかった。
「?」
桔梗は空目の表情を理解していなかったが、褒め言葉として受け取ったようだ。誉め言葉ではない。

(一般に、砂糖と塩は間違えるものがいるだろうが…)

ごきげんになった桔梗は、クッキーを食べながら階段を下りていった。


(…砂糖と唐辛子を間違える奴がいるか?)


と、いうよりもまあ、よくこんなものが食えるなと空目は言いたいわけで。しかもクッキーは焦げ気味で。
おもわずその場で腕組をしてしばし考え込んでしまった。
この後、何人かは犠牲になったとか。