short | ナノ






助太刀詐欺師



「桂が辻斬りにやられた? そんなタマじゃないでしょうに」
「でも、現にエリザベスが見つけた桂さんの財布は血まみれだったし……」
「どっかですッ転んで、記憶でも失ってふらふらしてるんじゃないの?」
「桔梗さん」
「あー、はいはい。わかった、手伝うわよ」
万事屋へ向かう道中で新八くんに出会ったのでお中元の羊羹を渡そうとすると、いなくなった桂をエリザベスと共に探しているのだと聞かされた。神楽ちゃんと定春は別ルートで探しているらしい。
まったく、油断も隙もなく人様に迷惑をかけてくる攘夷志士だ。桂を見つけた暁には、巻き込まれたことへの文句くらい言っても良いだろう。どうせ、辻斬りにやられていようがそのうちひょっこりと平気な顔をして戻ってくるに違いないのだから。
「それより、銀時はどうしたの? あのあんぽんたん、まさかあなたたちに仕事放り投げたわけじゃないでしょう?」
「それが銀さん、電話で仕事が入ったからって出ていっちゃったんです。今はどこにいるのかもわかりません」
「最低な店主ね。桂と一緒に一発くれてやるわ」
困り顔の新八くんに心から同情を送る。あれだけフリーダムで自分勝手な主の元で、二人はよくやっていけると思う。私には絶対に無理だ。その点ばかりは尊敬する。しかし同時に、恐ろしく人を見る目がないなとも思う。
ひとまず羊羹を片付けたいので、万事屋の冷蔵庫に入れてから夜に合流する約束をして、一旦は別れた。
道すがら、桂のことを考えた。
あの男と私の間には、これといった関係性はない。知り合ったきっかけなんて偶然も良いところ。万事屋に邪魔しているタイミングで桂が現れた。それだけだ。なのにそれ以来、何かと顔を合わせることが多く、桂の中で勝手に知人友人に認定されていそうなところが嫌だ。別に彼のことが嫌いなわけではなく、むしろ異性としての好意は抱いている方なのだが、いかんせん相手が攘夷志士を背負って立つ男となれば、深くは関わるまいと思うのが人情だ。
今回の件も、心配じゃないと言えば嘘になる。けれどあれほど腕の立つ男がやられるなど、にわかには信じられないのだ。銀時も同じことを思ってこの仕事を二人と一匹に任せたのか、あるいは別方向から調査しているのか。
しかし相手が辻斬りになるとすれば、自分たちだけで解決するより、警察を引き出すことも考えておいた方が良いかもしれない。新八くんとエリザベスと合流する前に、善良な一市民を装って通報でもしておくべきか。
「……ほんっと、世話の焼ける男だわ」
けれど、世話を焼きたくなってしまう自分がいるのだから、恋心とは厄介なものである。



「ごめん、新八くん。銀時はお願い」
「ちょっと、桔梗さん!? 銀さんがこんななのに、どこ行くんですか!」
「だからよ。銀時がそれじゃ、桂を助けられるのは私くらいでしょ。君は銀時が無理しないか、ちゃんと見てて」
「桔梗さん!」
呼び止める新八くんを振り切って、夜の闇に紛れていく。一瞬だけ真選組の沖田に顔を見られた気がするが、私は橋の上にいたしおそらく大丈夫だろう。
――夜になって新八くんと合流してから、予想通り、辻斬りが現れた。しかしその正体は予想をはるかに裏切るもので、それはもちろん、悪い方にだった。
岡田似蔵。桂とはまた別に、堂々と張り紙でお尋ねされている浪人だ。エリザベスが斬られたため、新八くんを背中にかばっていると銀時が現れた。文句は置き去りに二人が斬り合いを始めてしまったので、新八くんと慌てて追いかけた。
けれど岡田が使う刀は、もはや妖刀ですらない。生物か、何かの兵器としか思えなかった。岡田は木刀で戦う銀時を着実に押していた。戦況が芳しくないことは新八くんにもわかったようで、危ういところで割り込んでいく。彼の腕では勝てやしないことなどわかっているだろうに、それでも銀時のために立ち向かう姿の、なんと勇敢なことか。
そうこうしているうちに真選組が駆け付けたので、私は彼らに後を託すことにした。
銀時が無理をしないように、と新八くんには言い置いたが、彼も銀時が無理をすることくらいわかっているだろう。それでも誰か側に付けておかなければ、銀時は目を覚ましてすぐに岡田を探すだろう。僅かな時間でもいい。少しでも時間を稼いで、彼に休養を与える必要がある。だからこそ最も信頼できる新八くんに任せた。
沖田の指示で岡田を追っていた真選組の隊士たちは、何人かが斬り捨てられている。彼らの隊服の綺麗なものだけを寄せ集めて拝借した。警察さまをあられもない姿で市中に転がしておくのはいささか気が咎めたが、許してもらいたい。建物の影で手早く着替えると長い髪を結び、こっそりと後を追った。
……岡田は取り逃がしてしまったものの、このまま巡回を続行するとの指示が出た。私にとっては幸いだ。屯所に戻られては勝手がわからない。巡回をするのなら彼らに紛れても、何とか誤魔化せるだろう。そう考えながらさり気なく近付くと、にわかに明かりを向けられた。
「お前、見ない顔だな?」
不審げな様子の隊士に、内心焦りを覚える。けれどここで動揺してはいけない。腕の見せ所だ。
「何言ってんだよ。俺だよ、俺!」
「え……」
隊士が一瞬怯んだ。
「ほら、俺だって!」
「え、あ……ああ、なんだ、お前か!」
「そうそう」
「驚かせるなよ」
「悪いなあ」
勢いだけで一人乗り切ると、他の隊士も簡単に誤魔化すことが出来た。内心ガッツポーズだが、天下の真選組がこれでいいのだろうか。そりゃおじいちゃんも詐欺に引っかかるわけだよ。などと下世話な考えはさておき、胸を撫で下ろして巡回に同行する。
結局、岡田や彼の痕跡は見つかることなく朝日が昇った。空が白み始めた頃、さすがに屯所へ戻った。戻った頃には既に、副局長を中心に岡田の逃げ込んだであろう潜伏先の目星がつけられていて、すぐにでも仕掛ける動きがとられていた。数日前から港に停泊している大きな船らしく、どうやら高杉晋助がバックに付いているらしい。
私は高杉と会ったことはないが、以前桂の口から偶然こぼれた名前を聞き知っていた。銀時や桂と縁のある男。ならばそこに、桂もいるはずだ。一晩江戸を走り回って疲れていたが、絶対に同行しなければならない。
「……あんた、見ない顔ですねィ」
「沖田、隊長……」
瞼をこすりながら準備を手伝っていると、沖田に声をかけられて心臓が飛び出るかと思った。この男が隊士の顔を全部覚えているとは思えないが、下手な言葉を返せばすぐに隊士ではないと見破られ、斬り捨てられるだろう。ごくりと唾をのむ。
「自分は、一番隊ではありませんから。お会いすることも少ないんでしょう」
「ふうん……見ない顔……いや、どっかで見た気がすんですがねえ」
「そりゃ、屯所ではすれ違うことくらいありますよ」
「……ま、それもそうですねィ」
若干不満げな顔ではあったが、一応は頷いて背を向ける。ほっと息を吐くと、しかし再び沖田が振り返って口を開いた。
「あんた、そんなに長ェ髪で暑くねえんですか? まるで女みてェだ」
「あ、ああ……そう、ですね。暑いから、そろそろ切ろうと思ってます」
「ああ。そうした方がいい。見てるだけで暑いですぜ」
一瞬ひやりとしたが、ようやく沖田は離れていった。さすがの私も、寿命が縮まったような気がする。それもこれも、桂のせいだ。見つけたら食事でも奢らせなければ。
ともあれ、何とか真選組の隊士たちの目を誤魔化して、高杉たち鬼兵隊が潜伏している船の襲撃に同行することが出来た。張り切って海に落下したアホの真選組局長は放っておいて、敵の船に潜入する。慣れない刀で敵味方関係なく近付く影を殴り飛ばしつつ、目立たぬように船内へ入り込んだ。
桂を探しながら、奥へ奥へと進んでいく。
外からあまりにも大きな音が聞こえてきたが、まさか岡田だろうか。真選組の誰かが相手をしているのならいいのだが、深手を負った銀時であったら心配だ。早く桂を見つけて、合流させた方が良い。桂も深手を負っていない保証はないけれど、いないよりはマシなはずだ。
「ヅラー! いるのはわかってんの! 出てきなさい!」
船内の捜索が面倒になって思わず叫ぶと、あちこちから攘夷志士たちが現れた。
「……マジでー?」
非常にまずい。いくら何でも相手の数が多すぎるし、何より今私は真選組の格好をしているわけだから、彼らには真選組と認識される。着替えておいて、うっかり紛れ込んだ一般人を装うべきだったと後悔しても後の祭り。引きつる顔のまま刀を構えると、目の前からにじり寄って来ていた敵が数名吹っ飛んだ。その奥から現れた姿に、目を瞬く。一瞬、敵に囲まれていることも忘れて問いかけた。
「どうしたの、その変な頭」
「イメチェンだ」
それから、と彼は続ける。
「ヅラじゃない。桂だ」
トレードマークのようでもあった長い黒髪は、肩のあたりでばっさりと切り落とされている。けれど他は何も変わらない。私もよく知った、桂小太郎その人が刀を構えて立っていた。
「桔梗こそどうした、その格好は」
「あんた助けるために変装してるんでしょうが」
「おお、そうであったか。胸はどうした?」
「つぶしてるに決まってるでしょ。ていうかその話後でもいい?」
どうでもいいことを聞いてくる桂は、見た限りでは大きな怪我もしていない。血まみれの財布を見て心配していたが、それほどの懸念は必要なかったようだ。どれだけ人様に心配かけたかわかっていない暢気な様子に、こめかみがひくつく。今は我慢だ。文句は全て、終わってから。
「ところで俺は高杉を追っているのだが、見なかったか?」
「見てないわ。こっちの道じゃないんでしょうね」
「ならばあちらか」
「私の目的はあんただから、これでおしまい。ここは引き受けてあげるから、さっさと行って」
「良いのか?」
行く手を阻む敵を斬り伏せて、桂が尋ねる。
「良いも悪いも。よくわからないけど、あんたと銀時しか相手できないんでしょ」
不慣れな刀を捨てて、懐から愛用の小刀を二振り取り出す。狭い船内だ。得物が刀の相手よりは私の方が小回りが利いて有利だろう。桂を見つけたのだから、これ以上真選組のふりをしている必要もないわけだし。存分に暴れさせてもらおうじゃないか。
「……かたじけない」
颯爽と踵を返した桂だが、一瞬足を止めて振り返った。
「そういえば、その格好もなかなか悪くないぞ」
思わず必要以上の力を込めて、目の前の敵を突き刺した。
「うるさい! さっさと行って!」
照れ隠しに叫べば、桂は微かに笑みを浮かべて今度こそ走り去った。あの笑みだけで、助けて良かったと思えてしまう単純な自分に呆れがさす。惚れた弱み、ああ、悔しい。
「お前、真選組じゃなかったのか!」
「まさか桂の仲間だったとはな……」
「いや、あれの仲間と一緒にしないで。ただし、あんたたちの敵ってことは間違いないけど」
驚く攘夷志士たちを見て、私の変装も捨てたものじゃないと思った。確かに、あの沖田すらも誤魔化したのだ。とはいえ、もうあんなに冷やりとした思いは御免だ。変装する相手はもうちょっと選ぼうと思う。
次から次へと湧いてくる相手に嫌気がさしてきたころ、ふと天人の姿があることに気付く。辺りを見回せば、攘夷志士の姿はほとんどなくなっていた。既に何人かの天人を斬り伏せていたようで、気付かぬうちに敵が入れ替わっていたようだ。なるほど。まさか天人とまで手を組んでいるとは思わなかった。やはり真選組を噛ませて正解だ。天人を大勢相手どるのは、さすがに私でも面倒すぎる。こういうときは、三十六計逃げるに如かず、だ。
「ねえ、高杉って奴のとこ行きたいんだけど、どこにいるのかしら?」
「ハッ。言うわけねえだろ」
「あっそ。……ところで桂はこっちに逃げたんだけど、ここを通す代わりに私を見逃してくれない?」
「騙されんぞ! 桂は高杉を追ってあっちに行ったはずだ」
「あら、やっぱあっちなのね。ありがと」
ちょっと言葉を弄せば、天人は簡単に高杉のいる方を教えてくれた。やはり、桂が向かったほうであっているらしい。騒ぐ彼らを置き去りに、船外を目指して走った。
「――きゃっ!」
途中、船のどこかで爆発が起こり、船体が大きく揺れた。誘爆が続いていることからして、桂が仕掛けたのだろう。こういうところは抜かりのない辺り、彼も攘夷志士ということか。
しかし感心している場合ではない。おそらく乗り込んできているであろう、満身創痍の銀時を探して桂と共に脱出しなければ。真選組の船に乗っている時、新八くんと神楽ちゃんも見えた気がしたから、二人も回収しなければならないだろう。どうやら爆発も収まる気配はない。桂のことだから、己の痕跡も含めて証拠隠滅、くらいにしか考えていないのだろう。やっぱり後で往復ビンタくらいは許されるな。
決意を固めた時、船外に出た。外は明るくて眩しい。思わず顔を覆うと、ちょうどいいタイミングに近くでまた爆発が起こり、煙を上げた。正直なところ、誰かを助ける以前に自分の命が一番危ない気がする。冷や汗が背中を流れる。近くで爆発が起きたせいか、耳鳴りまでしてきた。船の手すりにしがみついて揺れに耐えていると、真選組の船が離れていくのが見えた。新八くんと神楽ちゃんもいる。海に落ちた局長はともかく、沖田や副長の土方はいるから、大丈夫そうだ。あとは桂と銀時――と思ったのだが、ごめん、限界。
前にも後ろにも進めないほど爆発が進んでしまった。残された道は宙に逃れるのみ。念のためにパラシュートを背負っていて良かった。もはや用のなくなった隊服の上着を脱ぎ捨て、欄干に足をかける。
「あんた、」
一瞬目が合った沖田が、口を開きかける。横目に、桂が銀時を引きずって脱出するのが見えた。
「辞表、郵送で良いですか?」
「良ィわけねえでしょうが」
「じゃ、勝手にクビにしといてください」
いい加減、私が隊士ではないことくらいわかっているだろう。それでも呆れた顔をするだけの沖田に笑いかけると、力強く欄干を蹴って空に飛び出した。徐々に落下する速さが増していく。けれど、エリザベスの顔を模したパラシュートまではまだ遠い。ぎりぎりまで近付いて――追い抜いたところで、すかさず開く。
「案外、どっちも元気そうね」
「無事だったか、桔梗」
「どっかの誰かさんが仕掛けた爆弾で死にかけたけどね」
「ああ、俺のだな」
「知ってるわボケ」
まったく、嫌味も通じないんだから。
巧みにパラシュートを操る桂の腰に、傷だらけの銀時が引っ付いている。この二人、このまま海に落ちたら傷に塩水が染みるのではないだろうか。
「しかし、わざわざ心配して助けに来てくれたのだな。ありがとう、桔梗」
「そういやお前、何でいるんだ?」
「銀時、遅すぎるツッコミはいらないから。ここまで来たら黙ってて」
桂の言葉につられた銀時を白い目で見る。あんたのところの可愛い子が心配してたの、とは言わないでおこう。癪だもの。
「あと桂も勘違いしないでよね。タダで助けたわけじゃないから、貰うものちゃんと貰うわよ」
「はっはっは、照れずとも良い」
「照れてねーよ。ぶっ飛ばすわよ」
真面目にパラシュートの紐を狙おうとすると、慌てた銀時に止められた。
心配して助けに乗り込んだことは、もちろん否定しない。けれど自分から簡単に口にすることもない。だって私は、言葉巧みに騙して賺す詐欺師だもの。ふんだくれるものふんだくってから、打ち明けても良いんじゃないかしら。