手 寒い寒い、冬の夕暮れ。 「寒いですね、へーか」 「ああ」 「へーかって、ああ、とか、断る、とかばっか言ってますよね。他にボキャブラリーがないんですか?」 「………」 「無視ですか」 桔梗がため息をつく。 とはいっても、いつものように、桔梗が一方的に話しているだけなのだが。それに登下校の間付き合う空目も、気が長いといえよう。 空目邸よりも遠くに、桔梗の自宅はある。そのため部活帰りで帰りは勿論一緒だし、行きは桔梗が空目邸の前で待っているから、一緒に登校する。 空目と桔梗、そしてあやめが影を長くして道を歩いていた。 冬にはなったが、羽間の日はまだ高い。夕日を横目に寒そうに歩く一行。 雪が降るほどではないが、吐く息は白く、桔梗の鼻は寒さで赤くなっていた。 あやめも、今日は赤い暖かそうなケープに包まれて、心ばかりか寒そうな顔をしている。 「へーか、いつもは暑そうですけど、今日ばっかりは暖かそうです。羨ましいです」 「そうか」 桔梗がじっとりと空目を見ていったが、空目はそっけなく返した。というか、これが常なのだが。 「なんだ、心配してくれないんですか。…まあいいや」 桔梗がつまらなそうにちぇっとそっぽを向く。 隣であやめが吃驚していたけれど、桔梗は取り立てて気にしている様子はなかった。実際、どうでもいいのだろう。同様にして、空目も。 しかし――これは、寒い。 桔梗はいつもどおり、ジーンズにYシャツ、カーディガンのうえからふわりとコートを羽織っているだけだ。夏には半袖のシャツになるが今日は長袖。それでも、通気性がいい。 寒さで、明日の朝には水が氷になっていることだろう。 そしてついに、振りそうで降らなかった雪が、はらはらと落ちてきた。 「ああ……」 桔梗は空を仰いで、息をついた。 白くてちらちらしたものが、ゆっくりとゆっくりと舞い落ちてくる。 桔梗は立ち止まって、コートのポケットから手を出して雪を手に取った。 「へーかへーか」 「何だ」 「寒いです」 「そうか」 「風邪引くかも」 「そうか」 「雪が冷たいです」 「そうか」 「寒いでそうか」 「…へーか」 「……」 「へーか」 「……」 「…聞いてます?」 「ああ」 「あ、よかった」 桔梗はほっと息をつくと、にっこりと笑って、手を差し出してきた。空目は桔梗を置いてずんずんと先へ歩いていたから、桔梗が喋るのを止めたことに気づいて振り返った。 空目が怪訝な顔で桔梗を見た。 「寒いです。手をつないでも良いですか?」 「………構わん」 その距離、5メートル弱。 寒い寒い、冬の夕暮れ。 |