short | ナノ






モテるヤツはモテる



「暇かと聞かれたら、常に暇ではないのだけれど」
かかってきた電話にそう答えると、『それはわかってんだよ!』と威勢のいい返事。急用があるのなら優先するのだからそう言ってくれればいいのにと思いながら、くすりと笑みをこぼす。
「いつも通りだ。用事があるのならお前を優先するよ、ロナルド」
『……おう。じゃ、悪いけど今から事務所に――いや、ギルドのほうが近いか』
「どっちでも構わないけど」
『いや、ギルドにしよう。十分後に』
「ああ、わかった。ではな」
ぶつっと電話が切れる前、受話器の向こうが嫌に騒がしかった気がするのだが、気のせいだろうか。ロナルドと同居人のドラルクだけでも十分すぎるほど騒がしいが、明らかに別人の声が混ざっていたような……。
「……まあ、直接会えばわかるだろ」



夜遅くには多くの退治人が集まり賑やかになるたまり場だが、各々の依頼状況によってはもちろんそれが静かなこともある。今夜は後者のようだ。
「……十分って、言ったよな」
「アイリス、こんな時間来る珍しい」
「ああ、ターチャン。ロナルドに呼ばれたんだ」
「ロナルド? 事務所、近いのに?」
「私もそう思ったんだが、少しでも賑やかなほうが嬉しいしな」
「お、飲むか!」
「いや、飲んだらまたロナルドに怒られる。勘弁してくれ」
嬉しそうにグラスを傾けるしぐさをするターチャンを振りきって、カウンターに席を取る。私は酔うと人様に迷惑をかけてしまうので、基本的には飲まないようにと釘を刺されたのだ。その迷惑をかけたのがロナルド本人なので、ぐうの音も出なかった。
そういうわけで、いつものようにホットココアを頼む。
「今夜はロナルドさんが来るのですね」
「ああ、そのようだ。きっとドラルクさんも一緒だろうな」
マスターと細々とした世間話を交わしていると、ドアベルが鳴った。ココアは半分ほどなくなっている。だいぶん遅かったようだからと文句を言おうと振り返り、ぴたと動きが止まる。
「初めましてターチャンさん。俺とお友達から始めませんか?」
……誰だ、あれ。
見たことのない青年がターチャンに話しかけていた。日本人だから正確な年齢を見るのは難しいけれど、私と同い年くらいだろうか。天を衝くように逆立っている髪型が特徴的だが、それは、どうでもいい。
「絶対イヤある。何でお前と付き合う必要?」
続くターチャンから青年への罵詈雑言。よくもまあそこまで流暢に出てくるものだと思っていると、落ち込む青年のそばにロナルドとドラルクの姿があることに気付き、カップをそのままに席を立って近寄った。
「おお、アイリス! 待たせて悪いな」
「まったくだ。急かしておいて……いや、それはいいんだが、誰だ、この人は?」
ターチャンの言葉にショックを受ける気持ちはわかるが、どうやら初対面で口説いていたようなので彼にも非があると思う。もちろん私も初対面だから、急に呼び出された意味も含めてロナルドに訊ねたのだけれど、答えたのは彼ではなく。
「初めまして、お姉さん。もしよかったらお友達から――」
「いやあの、それはいいから名乗ってくれないか?」
せっかく手を出してくれているので握手くらいはと握り返したが、あいにく私は目の前の青年のことを何も知らない。
「ああっ、すみません! 俺は武々夫です。あなたのお名前は――」
「いつまで手ェ握ってんだ!」
「おっと」
急に間に割って入ったロナルドを見上げる。
「用事っていうのは、彼と会わせたいということか?」
ちらりと武々夫を見やってからロナルドを見る。
「会わせたいっつーかそいつが会いたいっつーから連れてきた」
「ふうん……武々夫さんは、どうしてまた退治人ギルドに来たんだ? 退治人志望なのか? あ、申し遅れたが私はアイリス。もちろん私も退治人だから、相談などがあれば乗れると思うけど……」
「アイリスさん! 俺とお友達から始めませんか!?」
「お、お友達? まあ、友人くらいなら構わないけれど……」
「バッ、お前断れよ!」
「え?」
「よっしゃー!! やっぱ俺モテないわけじゃないと思うんスよね!」
「は?」
いやいや待て、どういうことだ。そこで冷めた目で見てるターチャンと我関せずといった風に立っているドラルクと、やけに耳元で喧しいロナルドとテンションの高い武々夫と。
――とりあえず。
「ええい、だからここに来た理由を話せ、理由を!」
誰でもいいから、と武々夫とロナルドを同時に睨みつける。よく考えれば忙しくはないけれど急に呼び出され、あげくに待たされ、初対面の人間にいきなり友達になってくださいと言われ……むしろなぜ一切の説明がないのか、そこにツッコミたい。私が察するとでも思ったのかこのバカどもは。
「まあ、なんだ。その……紹介だ、紹介!」
「紹介、ねえ……先程はターチャンを口説いているように見えたが?」
「ウッ」
白けた目で見ると、言葉に詰まるロナルド。なるほど、彼が人を連れてくるなんて珍しいと思ったがおおむねの事情は察した。
「あー、武々夫さん。先に言っておくが、私との可能性は一ミリも感じないでくれよ」
「えっ」
「ロナルドが何を思って私を紹介したのか理解できないが、少なくとも私は退治人をしている以上一般人と特定の仲になるつもりはないんだ。友人くらいなら、喜んでなるけれど」
「えっ、え?」
「あとお節介かもしれないが、ロナルドが普通の女性を紹介できるとは思えないから、街コンとかに行った方がいいと思う」
「あ、それはそッスね」
「おい!」
武々夫の目的が女性を口説くことならば、退治人――少なくともこのギルドに集まるメンバーはやめておいた方が彼のためでもある。個性が強いというより、常人には相手することさえ無理なのではないだろうか。ならばこれ以上期待する前に、芽を摘んでやるのがせめてもの優しさ。
それ以前にロナルドに頼る辺り、武々夫の人脈が少々心配ではあるけれど。
「せっかく知り合ったよしみだ。私は情報屋だし、合コンで一人足りない時なんかに声をかけるくらいはしても――」
「アイリスさんあざっす!!」
「お前ほんっと面倒見いいよな!」
私の線引きに目に見えて下がっていたテンションが急上昇したらしく、武々夫に手を握られた。するとすかさずロナルドが突っ込みながら間に割って入る。いや、お前も相当面倒見がいいと思うぞ。口には出さないけど。
「ロナルドさんブス専とか言ってマジさーせんっした! あともうちょいサバけた巨乳のお姉ちゃんとかいれば文句ないんすけど」
「あの武々夫さん私の話聞いてたか?」
「おいちょうど来たぞお望みのが」
カランというドアベルに、その場にいた全員が顔を上げる。巨大な熊をかついだマリアが陽気に挨拶をした。
「ようアイリス、いいところに。マスター、大物獲ったぜ! 鍋にしてくれ!」
「ぎゃあああああ!!」
武々夫の悲鳴に、そうなるよなと頷きながらマリアの獲物を見る。
一緒に食っていけとマリアに迫られる武々夫はかなりドン引きしている。だから言ったのに。
「武々夫さん、案外熊は……ってそっちは、」
呼び止めようとしたのも間に合わず、よろけた武々夫がおそらくこの場で最も手を出してはいけない人物に接触した瞬間、包丁を持ったままのマスターが奥から姿を見せた。
……あ、これは、終わったな。
その場にいた全員の心の声が重なった気がする。
「落ち着いてマスター!」
「刃物はまずいって、刃物は!」
「逃げろ武々夫!!」
「うわあああ!!」
ロナルドの必死な声に、それ以上に必死な悲鳴で答えた武々夫はそのまま転がり出て行った。そもそもの発端は不純な下心からだが、強く生きろ、武々夫。
「マスター、どうどう」
「あいつもわざとじゃねえんだ。これに懲りたらもうおとなしくなるさ」
「そもそも連れてきたロナルド悪い」
「反省してるって! マスター、この通り俺も反省してる! 包丁しまってくれ!」
……武々夫がいなくなったあともしばらく阿鼻叫喚は続いた。マスターがマリアの獲った熊をかついで奥に消えると、ようやく店内の片付けが始まった。
「さんざんだったぜ……」
「こっちの台詞だよ。なんでよりによってここに連れてこようと思ったんだ」
「時間も時間だったし、一番近いのがここだったからな」
「時々思うんだけど、ロナルドってバカだよな」
お前が元凶なんだぞ、と小言を垂れながら倒れた机や椅子を起こしていく。
「それにしても、どうして私を呼びだしたんだ? ターチャンやマリアは偶然だったようだけど」
まさか本気で紹介するつもりだったのなら一辺殴ってやろうと思うのだが。
「ああ、いや……本気で紹介するつもりはなかったんだけどな、あいつが俺のことブス専とか言うから美人に会わせて黙らせようと……アイリス?」
「……あのさあ、お前のそういうところ本当にやめてほしい」
「は? え、俺なんかしたか、ドラ公」
「ロナルド君こそ、もっと女性の心の勉強をするべきだね」
「ええ!?」
ドラルクの言葉に頷きながら、すっかり冷えたココアの残りを飲むため、ロナルドを置き去りにしてカウンターに腰を下ろした。