short | ナノ






安眠妨害



 ガチャリ

ドアノブの回る音がした。
「ちゃーっす!」
「あ、桔梗ちゃん!」
「ちわ、稜子。アーンド文芸部の皆々様!」
入ってきたのは、文芸部員の一人、桔梗だった。
赤みがかった髪を後ろで無造作に束ね、中学のときの制服をてきとうに着崩している。
桔梗はいつも、同じクラスの稜子よりも遅れてくる。掃除や補修などの居残りは特に無いが。
いつものように文芸部の面々にあいさつをして、窓辺に座っている人物に気づく。

「あれ、へーかじゃん!」

へーかこと空目恭一は、読みかけの本を開いて顔に乗せて、椅子にもたれている。
桔梗はなぜか空目に懐いている。ことあるごとに「へーか!」と呼んで付きまとう。武巳や稜子のような憧れとは違い、純粋に空目、という人物と接しているようだ。
ちなみに空目は、いつも無視か適当なあしらいで桔梗を大分手なずけた。
その手懐けられた桔梗は、こつこつと空目に歩み寄って、声をかけた。

「へーか」

空目は無反応だった。

「桔梗、空目なら寝てるぜ」
桔梗に親切に教えてくれたのは、俊也だった。というか、見て分かりそうなものだが。
「えー」
口を尖らせる桔梗に、
「でも陛下って眠り浅そうだよね。でも、ほっとくと風呂でも寝てそう」
と武巳が言った。
「……」
「桔梗……?」
何も言わない桔梗に、俊也が声をかけた。俊也含め、文芸部のメンバーには嫌な予感がしていた。
と、にんまりと笑った桔梗が少しかがんで、空目の耳元で手を口元に添えてメガホンのようにして、

「へーかへーかへーかへーか」

壊れたラジカセみたいに延々同じ言葉を繰り返し始めた。

「へーかへーかへーかへーか」

「へーかへーかへーかへーか」

「へーかへーかへーかへーか」

聞いてる側の耳がおかしくなりそうなくらい、繰り返した。
陛下、ではなくへーか、なので言ってるほうも聞いているほうも、なにがなんだかわからなくなってくるのである。
「ちょっと、桔梗…っ」
本を読んでいた亜紀が堪り兼ねて、眼鏡をはずし椅子から腰を浮かせ声をかけると、

「……何か用か、桔梗?」

空目が、起きた。
不機嫌そう(いつもそうみえるが)に、顔に乗せていた本をどけて片手に持つ。自身の左側にしゃがんでいる桔梗をじっとりと睨む。長い髪が顔にかかって、さらに見下されていつもの倍以上見る側としては畏怖を感じる。
「すげー、ほんとに起きたよ」
「うわー」
「すごい、桔梗ちゃん」
「はぁ…」
全員がなんらかの反応をし、空目を見やって今日ばかりは空目に同情した。
各々思いはあれど、結果的には同じだった。

(なんだこいつ)

その本人に空目は、改めて問いかけた。
「で、何か用か、と聞いているのだが?」
「うん。ない」
あっさり、桔梗は宣言した。にっこりと楽しそうな笑顔のままで。
「…………」
「だってへーか寝てたらつまんないんだもん」
「………寝る」
そういうと空目は、再び眠る体制をとった。桔梗の反対側をむいて、くるりと体の向きを変える際に、持っていた本で桔梗の頭を叩いた。
「たっ。…えーまた寝るの? ねえ、へーか、へーか」


再び文系部のメンバーが苦い顔をする。今度は、空目の反応がぴくりともない。
結局、数分の間桔梗は呼びかけを続けたが、やがてあきらめた。