short | ナノ






偶には



偶にはいいでしょ、そう言って桔梗は俺を祭りに誘った。
そんな騒がしいところは行きたくもないし、行く必要もない。そう断ったのだが、ネジはいつもそうと言われてさびしげな顔をしたものだから。
結局、花火を見たら帰るということで妥協した。自分が、桔梗に甘い自覚はある。ナルトの押しや、ヒナタ様の頼みとは違う。ただのお願い、というものを、桔梗相手では聞いてしまいがちだ。
特にそれを気にしている訳ではないが、自覚はしている、それだけのことだ。
「ネジ、疲れてない? 少し休む?」
「いや、俺は大丈夫だ。それより桔梗こそ、疲れないのか」
「楽しくて、疲れなんか吹き飛んじゃうよ」
引っ張って連れてきただけに、桔梗はやけに俺を気にかけた。屋台をまわりすぎている桔梗の方が心配だが、大丈夫らしい。桔梗らしいと言えば、そうかもしれない。
夕飯代わりに屋台で食べていくからと、桔梗はたこ焼きやクレープを食べていた。よく食べれると思ったが、さすがに太るぞとは言わなかった。いや、言えなかった。言ったらどうなるかわかったものじゃない。
「テンテンも来るって言ってたなぁ…ネジ、見かけた?」
「いや」
だよね、と肩を落とす桔梗。
わざわざこの日のために用意したとかいう淡いオレンジ色の浴衣に袖を通した桔梗の指先が目に留まった。もらった団扇でぱたぱたと扇ぎながら、後れ毛を気にする風にうなじの辺りをこすった。その様子を、目を細めて見る。
「桔梗」
「うん?」
「あ、…その、花火まであとどのくらいなんだ?」
何となく口をついた呼びかけに桔梗が振り返ったから、慌てて大して知りたいとも思っていないことを訊ねた。
「もうすぐだよ。…もう帰る?」
俺の服の袖を掴んで、揺れる瞳で上目に見る。
結局、甘いのだ。俺は、桔梗に。
「いや。見てから帰るんだろう」
「うんっ」
ぱっと笑んだ桔梗の頭を無意識にひと撫でしてから、その手を下ろして桔梗の手を取った。浴衣の袖をはらってわざと指を絡めるように握ってやる。
「ネジ?」
「花火がよく見えるところへ行こう。……はぐれないように」
桔梗の方を見ずに、人の間を縫って歩き出す。慌ててついて来るように、下駄がかろんと鳴った。
ふと、昔を思い出した。
まだ幼かった頃、ヒナタ様の世話役を父に言いつけられ、よく一緒に出掛けたものだ。一緒にと言うより、付き添って、という方が正しいのかもしれないが。
この祭りは、特に重要な任務だった。二人だけで放り込まれて、無事に花火を見て帰ってくること。それが、俺の為すべきことだった。その時も、確かこうしてヒナタ様とはぐれないように手を繋いだのだった。あの時はヒナタ様を守らなければとひたすらに思っていたから気にしていなかったが、やはり今考えてみればどうしたものか。
「……ネジ、手、痛い」
「っ、すまん」
桔梗の声にはっとして、立ち止まって一度手を離す。人混みからは外れたようだから、もう手を繋がなくとも良い。
「どうしたの、ぼうっとして?」
並んで、のろのろと歩きながら桔梗が訊ねてくる。
そうだ。
今向かっているのも、体の小さな子供だったヒナタ様が花火を見られるように、そのために探した穴場だ。祭りの屋台が並ぶ景色も、人混みの中で繋いだ手も、花火を並んで見る場所も、全部、ヒナタ様が最初だった。
「……昔のことを、思い出していた」
「昔?」
「ヒナタ様を連れて、祭りに来たことがあったと」
「ああ、そうだったんだ」
ぽんと頷いた桔梗を、思わず見下ろす。
「何も、言わないのか」
自覚はある。
俺は桔梗が、ひとりの女として好きだ。桔梗が、同様に俺を好いてくれていることもわかっている。
ヒナタ様との関係は、もはや生まれる前からの宿命で、今や切っても切れぬもの。だからと言って、桔梗の前でヒナタ様の話題をみだりにすることはないようにしていたが、それでもこうして話してしまうことはある。
そのたび、桔梗は何も言わない。
「言っても仕方ないんでしょ。なら言わないよ」
ネジの考えてること、それなりにわかるつもりだよと微笑んだ。
言いようのない、好悪でも、憧れでも、諦めでもない感情を、桔梗は、理解してくれるのか。ヒナタ様のことは嫌いではない。当然、恋愛として好きということもない。ただ、どうしても思い出に見え隠れしてしまうのだ、彼女は。
「気にしなくてもいいのに。私は、ネジと一緒にいられるならそれで十分だよ?」
「……ありがとう」
きっとそんなことはない。桔梗だって思うことが多々あるはずだ。それでも、感情を押し隠して、俺のそばにいてくれる。
これを幸福と言わずに、何と言うのか。
「あ、一発目!」
ひゅるひゅると音をたてて昇った光の玉が頭上でパンと弾けた。
「桔梗」
「うん? ……んっ」
いつもより少し長い、だがそれだけのキスをして桔梗の体を抱き寄せる。桔梗は嫌がる素振りもなく、きょとんと首を傾げている。
「どうしたの、ネジ」
桔梗に向けてかすかに微笑んだ。
「偶には、いいだろ」







(友人へ愛を込めて!)