クラッカーは教室で鳴らすもんじゃない。 神田は朝早く、通学路を歩いていた。 自転車に乗れないわけではなく、家が近いから歩いているだけである。 教科書類のつまったショルダーバックを提げ、背中には剣道の胴着と竹刀を背負っている。 つまり、家が近いのに神田がこんなに早く登校するのは、自主練をするためだった。大会を月末に控え、道場には神田のほかにも部員が現れるが、残念ながら、神田より早く道場にきている部員はいない。 そろそろ半袖のYシャツを出すかと考えながら、神田は近付いてきた校舎を見上げた。 更衣室で着替えると、もはや日課になっている道場の清掃を始めようと掃除用具を取りに行った。 「ヤァっ!!」 ふと、道場から声がして、神田は意外に思って首をひねった。自分より先に誰かいるのは初めてだった。 誰かと思って道場をのぞき込むと、一人の少女が竹刀を振っていた。胴着に身を包み、少しのばしている髪をひとつに結んでいる。 「……桔梗?」 「あれ?! あ、神田君か! おはよっ!」 「あ、ああ…。珍しいな」 神田に気付いた少女は、手を止めて神田に挨拶をした。神田は適当に返すと、道場に足を踏み入れた。 桔梗はあまり自主練には来ない方だ。クラスが同じだから顔を合わせるし、それなりに話もする。しかし、朝の時間、教室以外で桔梗を見かけるのは初めてで、どうかしたのかと神田は訊ねた。 「んー、さすがに次の試合は負けられないしねえ」 「ああ…そうだな」 次の大会、初戦の相手は代々仲の悪い聖ノア学園の剣道部だ。神田はそもそも主将であるし、なんだかんだ言って、桔梗も団体戦に組み込まれている。 「あ、ちょうどいいや。神田君、体温まったら手合わせしてよ」 「…朝っぱらから痣作んのか?」 「がんばる!!」 一度も俺からとれたことがないくせによく言うな、と神田は呆れると、掃除する必要のなくなった道場で、桔梗と離れて竹刀を振り始めた。 「桔梗ー、大丈夫か?」 「うん、平気!」 二人が手合わせをする頃になると、ほかの部員も集まり始めていた。興味津々といった様子で、二人の打ち合いを取り巻いた。 結果から言うと、桔梗は手も足もでなかった。 幼少期から剣道を叩き込まれている神田と渡り合える部員がいないくらいだから、桔梗が太刀打ちできないのも無理はなかった。 それでもなんとか太刀筋を見極め反撃を試みており、随分と成長がうかがわれた。神田からは青あざ2つもらってしまったが。 「まあ、よくなったんじゃねぇか」 「ほんと!? 嬉しい、神田君にいってもらえると特に!」 なんだか犬みたいなやつだな、と神田は桔梗の髪をくしゃりとかき乱すと更衣室へ入っていった。 「もうすぐだねー…。勝てるかな?」 「お前はともかく、俺は勝つぜ」 「いやだぁ、神田君のイジワル」 一般に冷めた性格と言われる神田だが、桔梗にはなかなか甘い。桔梗はもちろん神田にそれなりの好意を抱いているだろうし、神田もそれなりの感情を持っているだろう。 端から見れば珍しい光景だが、本人たちにとってはいたって普通であった。 「つか桔梗、お前今日の小テスト…」「言わないで!」 「…勉強してねぇんだな」 「でも神田君よりはいいもん」 「ぶった斬るぞ」 「やだ神田君、怖い怖い」 ささやかな朝の会話を楽しみながら、神田は教室の扉に手をかけた。 ッパーン!! 「!?」 突然の破裂音に、神田は思わず身構える。ほのかな火薬の臭いがする。 「なん」パーン! なんなんだと口を開きかけた神田を遮るように、すぐ後ろから同じ音が聞こえた。 振り返ると、クラッカーを片手に立っている桔梗がいた。先ほどの音もクラッカーだとすれば、出遅れた感がある。 「…の真似だ?」 『ハッピーバースデー神田!!!』 「…は?」 「おめでとう、神田」 「まあおめでたいんじゃないですか? ケーキ食べられますし」 「こらこら。あ、ユウハピバなんさー」 唖然とする神田に、次々とクラスメートの祝う言葉が投げかけられる。みんながそれぞれに言うものだから、さっぱり誰が何を言っているのか聞き取れない。 それでも、ただ一つわかるのは、誰もが心から神田の誕生日を祝っているということだった。 「神田には蕎麦ストラップをあげますね」 「ユウにはオレのエロほ…」「ラビ、しばきますよ」 「私からは新しい髪紐よ」 飴玉ひとつ、というものもありながら、全員が何かしらを用意していた。 「お誕生日おめでと、神田君!! 私からは必勝のお守り!」 出遅れつつもしっかりと神田にプレゼントを差し出す桔梗に、神田はため息をついて一言だけ返した。 「また面倒臭いことを…」 「で、片付けはどうすんだ?」 「みんなで頑張るよ! ね?」 「あ、すまんさ桔梗、頑張っぶげぱ」 「あはは、ラビ、女性には優しくしなきゃ駄目ですよ」 「もちろん手伝うわ、桔梗」 「じゃ、先生くる前に片付けちゃおう!」 「こ、これは何事だい桔梗ちゃん、みんな!?」 「あ、コムイ先生」 「ちがうの兄さん、これはね、」 「リナリーまで!? 一体どうしてクラッカーなんて?」 「いや、それはまあユウの」 「不本意ながら神田の誕生日なんですよ、今日」 「えっ、そうなの神田君?」 「そういやそうだったな」 「なんだ、じゃああまってるクラッカーない!?」 「コムイ! 貴様のクラスが五月蠅くてホームルームができんわ!!」 「あ、バクチャン!」 「誰が!!」 「さあさあ今のうちに片付けるさー」 「そうだねー」 |