恋をしようか 「なー、平ちゃん」 「なんや、桔梗?」 いつものお好み焼き屋。和葉も含めて三人で来るはずだったが、和葉が用事ができたとかでキャンセル。しかしそこは大阪府民、予定して食べないのももったいないと、二人でやってきた。 「うちな、知ってんねんで」 「何をや?」 桔梗の言葉に、平次はぱちくりとまばたきを返した。 「平ちゃん、最近好きな人おるやろ」 「なっ…! お、おらんわ!」 「嫌やわ〜。こないだ学校で聞いてもうてん。アイツは俺のことどう思っとるんやろー、やったっけ?」 焼けたお好み焼きを、荒々しく切り分けて口へ運ぶ。にやにやと締まりのない顔をする桔梗の額を小突いて、平次はどうするか考えた。 「そんなんで好きなヤツおるとは限らんやろ」 「女の勘や。これはもう、ラブやと!」 妙な言葉を聞かれてしまったものだ、と内心ため息をつく。 桔梗の言っていることは事実で、平次は恋をしている。しかし最近からではなく、ずっと前。出会ったときに一目惚れしてから、長々と片思いは続いている。 「ワケわからんわ。…それより、桔梗も好きなヤツおるんやろ? 言うてみい」 「えー、平ちゃんが言うてくれたら、言ってもええよ」 「アホ。お前そう言うときは絶対言わんやないか」 桔梗はそうやったっけ、と笑った。 桔梗だって恋くらいしている。ただ、相手は競争率も高い上に、友達と思われている可能性も高い。昔は気にならなかったのに、最近になってから、目で追うことが多くなった。 「ほな、せーので言お?」 「いや、そこまでして知らんでもええわ」 「なんなんよ、もー」 あっさりと断った平次を横目で睨み、桔梗はお好み焼きを食べる。 「……なあ、平ちゃ…」 ピリリ、と着信音。平次が桔梗に一言断ってから出る。相手は大滝警部のようで、今まで穏やかに笑っていた平次の顔が少しずつ鋭さを増していく。 「ほんまか? …ああ、わかった。すぐ行くわ」 電話を終えた平次は急いでお好み焼きをかきこむと、「ごっそーさん!」と言って立ち上がった。 「事件?」 「ああ。すまんな、桔梗」 「ええよ、今更やし」 西の高校生探偵は今日も忙しい。お好み焼きのお代をおいて、平次は慌ただしく店を出て行った。 「…はぁ」 桔梗はため息をつくと、残ったお好み焼きをちびちびと食べ始める。和葉といても、桔梗といても、平次は電話一本でいなくなってしまう。いつものこととは言え、ほいほい高校生を呼び出す大阪府警も心配だ。 「平ちゃんのドアホ。好きな人ができたんくらい、うちか和葉に教えてくれてもええやんか」 平次の心を奪ったのが、憎む気も失せるほどにかわいい子だったらどうしよう、と桔梗は肩を落とした。 「あー、もううちのバカ…。なんでもっと早よ気付かんかったかなあ」 「何がや」 「何がって、そら……ってうわあ!? 平ちゃん!」 驚いた桔梗が椅子を蹴倒して立ち上がる。不機嫌そうな平次が、呆れた表情に変わった。 「そないに驚くなや。人のことアホや言いよって」 「ど、どこから聞いてたんよ!」 「そやなぁ…桔梗がため息ついたあたりからや」 「最初からやん!」 音も立てずに、なぜか戻ってきた平次。やっとそのことに気がつき、桔梗は誤魔化すように尋ねた。 「そんなんより、平ちゃんどないした?」 「大滝はんの勘違いでな、すぐに電話かかってきたわ」 だから不機嫌そうなのか、と桔梗は納得して頷く。 「ほな、もう一枚食べてこ?」 「当たり前や、そのつもりで戻ってきたんやからな」 本当は桔梗と二人きりのところを邪魔されたから不機嫌だとは言えず、平次は豚玉を頼んだ。和葉も含めて中学から仲のいい三人だけに、桔梗と平次だけで遊ぶことは意外と少なかった。桔梗が平次をどう思っているかわからないが、早く友達から脱出しなければと焦っている。 「あ、ええなあ。一口ちょうだい」 「はあ? 自分で頼めや」 「嫌や、今日持ち合わせ少ないもん」 自分の分を平らげた桔梗が、平次の焼く豚玉をじっと見つめている。 「……ったく、しゃあないな。ほな一口だけやで」 「ほんま? おおきに、平ちゃん!」 平次は桔梗の笑顔につられて笑った。 (友人へ愛を込めて!) |