short | ナノ






"Cheers!"



新人の頃、先輩たちにあちこちへ連れて行かれ、行く先々で酔い潰されたことを思い出して笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ」
「どうした、突然」
思わず笑みをこぼすと、向かいで生ビールのジョッキ片手に、クラッシャーが怪訝そうに尋ねてきた。
「べっつにー。久しぶりに飲んでも、不破君は私のガラスのハートを打ち砕いてくれるなあって」
「そうなのか」
ある意味、変わらないというのも素敵なことかもしれないのだけれど。久しぶりに待ち合わせをしても、不破君はとても見つけやすかった。これが水野君とか将君だったら、手間取ってしまっただろう。
「そーなのっ! ほら、次行くよ次ー!」
「桔梗、体を壊すぞ。一日に摂取するアルコールは…」
うんちくを垂れる不破君の襟首を掴んで、ずるずると引っ張る。今夜はあと一件、行き着けの店に行くつもりだ。



また珍しいこともあるもんだ、と目を丸くした。彼の本拠地はまだ名古屋ではなかったか。
「こんばんは、カズさん」
「む、功刀ではないか」
こぢんまりとした、客の少ない店内。カウンターで私たちに背を向けて座っていたのは、学生時代お世話になった功刀一、その人だった。
「…ああ、桔梗と不破。久しぶりやな」
ちらりと目をくれただけで、大した挨拶もない。躊躇いもなく不破君がカズさんの隣に座ったので、私も不破君の隣に座った。
「マスター、いつものね」
「いつもって、よう来ちゅうか?」
「ええ、まあ」
カズさんは試合……いや、休暇かもしれない。試合があるなら、さすがに私だって知っているはずだ。
「不破は?」
「桔梗から誘われた。功刀はなぜいるんだ」
カズさんの質問に質問で返す不破君に、カズさんか少し眉を寄せた。
「……別に。きさんらには関係なかろー…」
「悪い功刀、遅れた!」
駆け足で店のドアを開けたのは、これまた懐かしい人だった。おや、と驚いたような顔で私と不破君を眺めている。
「あらまー。なるほど、待ち合わせですか」
しきりに頷くと、カズさんにギロリと睨まれる。
「不破と、桔梗もいたのか」
「俺は桔梗に連れてこられただけだ」
「いやあ、偶然ってあるもんですね。ね、渋沢さん。お久しぶりです」
そうだな、と朗らかに笑って、渋沢さんはカズさんの隣に腰を下ろした。
横に並ぶ、懐かしい面子。
「桔梗ちゃんの知り合いかい?」
「そんなとこです」
じゃあサービスだ、と言ってマスターがグラスを一杯置く。渋沢さんがお礼を言うと、マスターは笑ってグラス磨きを再開した。
「カズさん、休みですか?」
「そんなとこや」
三十路も目の前、にしてはいささか若すぎるような気もする、つり目がちな瞳の持ち主。逆に若いけれど、三十いってそうな柔和な笑顔の持ち主。二十代半ばで通りそうなポーカーフェイスの持ち主。なんとまあ、個性的なゴールキーパーたちだろう。
「不破は、桔梗に付き合わされてるんだな」
「ああ。ここで三軒目だ」
「飲みすぎやろ」
渋沢さんもカズさんも、なんだか微妙な目で私を見ているけれど、私はまだまだ酔ってはいないつもりだ。
「お二人は、なんだか…同窓会みたい。二人ぼっちの」
「同窓会……なるほど、確かにな」
いつになっても、渋沢さんの笑顔には安心する。渋沢さんがお父さんだったらなあ、とちょっぴり考えてみたり。
「でも、不破もおるやろ」
「いっそゴールキーパーでって感じだな」
せっかく遊びに来ているだろうカズさんは、あまり会話に混ざってこない。けれど呆れたような面倒見がいい口調は昔のままだ。昔より、ずっと声を荒げることもなくなったけれど。
「しかし、小堤がいないな」
「他の選抜の人も!」
「はんっ。渋沢と俺がおれば十分たい」
「だから、不破もな」
さり気なく、小堤君のことを思い出した不破君は、相変わらずカズさんの不遜な態度にも動じない。
「私、なーんか安心しちゃった」
そう言って、心の底から息をつく。不破君とカズさん、向こうの渋沢さんが怪訝な顔をする。
「みんな大人になって、あのキラキラしてた時はすっかり思い出になって。昔は若かったなあ、って言わなくて」
「…はあ?」
カズさんに思いっきり突っ込まれる。やはり彼は、こうでなくては。
「そんな安直な人たちじゃなくて、今もまだ、サッカー少年でバカやってるみんなで良かったなって」
「俺たちはもう少年の年齢ではないぞ」
「そおでなくて」
不破君は、やっぱりズレたところに引っかかる。
「そんバカでなきゃ、今頃ピッチにおらんたい」
「確かに」
今日、不破君を飲みに誘ってよかったなあと思った。
「それで、そのバカに未だついて来ているのは?」
「私!!」
グラスを一気に呷る。貸切状態の店内に、それぞれの笑い声が木霊した。





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