今日という日 「静雄さん静雄さん。今日が何の日か知ってますか?」 「は?」 突然、隣を歩いていた桔梗が俺の顔を覗き込みながら言った。街中でそんな風に歩いていたら危ねえだろ、と注意してから考えてみる。 「……ツタヤの半額か?」 「違います! ていうか今ツタヤに行ってきたのに、半額じゃなかったじゃないですか!」 「ああ、それもそうか」 かわいらしい手提げ袋に入った、青い袋を見下ろす。しかしこいつ、ほんとにジブリ好きだよな。俺も好きな方だけどよ。 「あー…、サラダ記念日?」 「違いますよ!?」 思いつかないので適当に言うと、やはり怒られた。 しかし今日の日付で、何かあっただろうか。本当に心当たりがねえんだが。 「悪い、わかんねえ」 確実に機嫌を損ねるだろうが、わからないもんはわからない。その辺は、今までも気にせず訊いてきた。 「ほんっとーに、わかりません?」 「ああ。……で、何の日だ」 念押しに頷くと、いつものように訊ねた。桔梗が妙に機嫌の悪い顔をする。ブスになってんぞ。 「ほんとにわからないんだ……」 ぶつくさと呟く桔梗が、歩行者とぶつからないように手を引く。つっても、ここいらの人間はまず俺に近寄らないので、あまり心配はいらないが。 桔梗に訊ねたあとも自分なりに考えてみたがわかるはずもなく、大人しく、桔梗から口を開いてくれるのを待つ。 コンビニを過ぎ、ポストを過ぎ、ぐにゃりと曲がった標識を過ぎても、桔梗はまだむすっとしており、一向に口を開く気配がない。そんなに大事な日であれば、俺が忘れるはずもない。 「なあ、」 「わからないなら、別にいいです。大したことでもないので」 「……は、」 そんなすねてる奴に言われても、全く説得力がない。つうか、気になっちまったんだから教えてほしい。このままじゃすっきりしねえ。 「俺が覚えててすっとぼけるなんてことができると思うか?」 ぎゅっと手を握ると、拒まれることはなく、同じように握り返されて安心する。大丈夫だ、まだ機嫌回復の見込みがある。 「ほんとにわからねえんだ。次からは絶対覚えとく」 だから、と言って立ち止まる。俺の手に引かれて桔梗も立ち止まり、怪訝そうに振り返った。 俺は物にたいしても、人にたいしても、器用にはなれない。真っ直ぐにぶつかることしかできない。それが遠回りだって、俺はこうするより他ない。 「桔梗」 それは、お前だって知ってるはずだろ。 「忘れねえから」 お前が、俺の隣にいる間は、絶対に。 「……本当に?」 「ああ」 ちょこんと首を傾げて、上目遣いに見上げる。ゆっくりと首を縦に振ると、意を決したように桔梗が俺の顔を見据えた。 「今日は」 あ、そういやここって車道だよな。脇に寄ってから足を止めれば良かったな、ここじゃ迷惑か。 「今日は、私の」 ふっ、と一拍おくと、なぜか堂々と告げた。 「私の、誕生日です!」 「…………そう、だったのか?」 全くの初耳だと驚けば、桔梗はあれと首を傾げた。 「知らない、んですか」 「さっきからそう言ってんだろ」 桔梗は大きく首をひねると、おかしいなあと呟いた。 「折原さんは、静雄さんが何か用意してるって言ってたのに……」 「……おい」 ちょっと、待て。 「いま、折原っつったな」 ああ、言ったよな。間違いなく。 「あのごみ虫野郎…!」 ぶっ殺す。いま決めた。殺しに行く。 俺の桔梗に手を出すなと散々釘をさしておいたはずだが、守らなかったあいつが悪い。ぶち殺す。 「悪いな、桔梗。用事ができた」 ただ、さっさと帰ってきて桔梗の誕生日を祝わなきゃなんねえ。何かプレゼントを買ってやるか。 「ちょっくらごみ掃除してくるからよ、欲しいもん考えて待っとけ」 臨也、テメェは首洗って待っとけ。 「あ、あの、静雄さん!」 意気込んで歩き出すと、すぐに呼び止められる。振り返ると、真っ赤な顔をした桔梗がいた。 ……ああ、そうだ。 「桔梗、誕生日おめでとさん」 一歩戻って、乱暴に髪をなでまわした。 (ゆっちへ愛を込めて!) |