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置手紙



〜桔梗視点〜


今日は6月6日。梅雨入りの時期で、神田の誕生日でもある。ただ、アイツの場合本当に忘れている可能性がある。自分の誕生日も、人の誕生日もどうでも良さそうな奴だ。
神田とは、まあ長いつきあいになる。ラビが教団に来る少し前に私が来て、アレンが来る少し前に二人でいると手をつないだり、キスをしたりする関係になった。とはいえ、どちらも任務で忙しいか、疲れているかなので、恋人、とは少し違う気がする。大抵は、神田から思いついたようにしてくる。私も神田も、そういう点ではふわふわしているものだと思う。

さて。

神田は三日前から任務にでていて、今日の深夜に帰ってくる予定らしい。だが、生憎と今日の午後から私に任務が入っていて、顔を見られない。ここ数週間、落ち着いて二人っきりになれることがなかったから、寂しいといえば寂しい。けれど仕方のないことだし、それはお互いわかっているから、今更気にするようなことでもないのだが。
ともあれ、何かプレゼント的なものと手紙を残して、任務に向かおうと思ったが、何を書けばいいのかがわからない。
「…おめでとう? ………なんか、違うよな」
ひどくこざっぱりした神田の部屋の、蓮の花が置いてある台の前に立って、何を書こうか思案する。
プレゼントは毎年同じ、新しい髪紐だ。今年はさらに昨年より髪の伸びた神田に似合うように、深紅の太い飾り気のない紐の端に大きな黒い玉のついたものにした。背も髪も伸びるばかりで、私が入団したころには神田の方が少し高いくらいだったのに、今ではすっかり神田を見上げている。……私が小さいという意見はきかない。
「……普通に、おかえりと行ってきますでいいかな」
いつもと同じような内容でいいかと、ペンを握り、羊皮紙に走らせる。
「…………そっけない、かな…?」
いつもそんな感じなのに、今日に限ってはやはり特別なのかもしれない。しかし時間もないし、羊皮紙もない。下の方のスペースに走り書きをする。多少字が汚いが、もう任務に行かなければならないから仕方がない。
書き終えると、勝手にベッドにおいておいたコートを手に取り、神田の部屋を後にした。







〜神田視点〜


任務から予定より一日遅れて帰ってきて、コムイに報告書を出したあと、通りすがりのリーバーから、桔梗が任務にでていることをきいた。またしばらく顔を合わせないのかと思うと、少しばかり寂しい気がする。きけば、桔梗が任務から帰ってくるのは明朝らしい。せっかくだから、偶には出迎えに行くかと思い、部屋の扉を開いた。
蓮の花の置いてある台に、見慣れないものがのっていた。近づいて手にとって見てみると、新しい髪紐だった。羊皮紙の置き手紙があったから、手にとって読む。桔梗の流れるように細い線で、いつものような挨拶と、祝いの言葉が綴られていた。



神田へ

 お帰り。
 任務お疲れ様。
 私はこれから任務です。すぐに帰れると思う。
 折角神田の誕生日なのに、一緒にいられなくて少し寂しいな。まあ、仕方ないんだけど。
 それじゃあ行ってきます。

桔梗



そっけなくて、アイツらしい手紙だと思った。下の方のスペースに、何か走り書きしてあった。視線をずらして、その走り書きも読む。
「……………やられた」
可愛いというか、可愛すぎるというか……普段の付き合いが付き合いなだけに、この破壊力はとてつもなかった。
羊皮紙を台において、髪紐を取り替える。桔梗は、いつもさりげなくセンスのいいものを選んでくる。戦闘で壊れることが多いから、毎年新しいものをくれるのは正直助かる。だが、今まで置き手紙にこんなことを書かれたことはなかった。というか、俺が書いたこともなかった。完全にしてやられた、と思っているのに、あまり悔しくはない。
窓の外に視線をやると、もう夜も更け始めていた。
「……そろそろ行くか」
脱いだコートを雑にベッドに放り投げ、地下水路に向かった。



地下水路には、既にコムイと科学班の奴らがいた。
「神田君? 桔梗ちゃんのお迎え?」
「そんなとこだ」
にやにやときいてくるコムイに投げやりに答えると、丁度小さな影が見えてきた。背を向けているが、あれは背格好からも髪型からも一目で桔梗だとわかった。舟が近づいてくると、桔梗が振り返り、一瞬驚いた顔をした。
「神田…?」
桔梗が俺を見て呟く。そしてすぐに立ち上がった。

ガコン、

舟が船着き場に着き、探索部隊が舟をロープで固定する。
長いコートと格闘しながら舟から降りようとしている桔梗に手を伸ばす。俺の手に気付いた桔梗は顔を上げた。何を勘違いしたか、手を伸ばしかけた桔梗のその手をスルーし、そっ、と両手で桔梗の身体を持ち上げる。
「ッ!! か、神田!?」
桔梗が俺の腕に手をかけた。それよりも早くこちらに引き寄せ、抱き締める。ぎゅっと抱き締めると、セミロングの黒髪からいい香りがした。
「ええと……神田さん?」
腕の中から、くぐもった声が聞こえる。
桔梗の耳元に唇を寄せて、囁く。



「ああいうことは、俺に言わせろ」



桔梗は少しの間黙っていたが、やがて小さくあ、と言った。可愛いな、なんて思いながら、コムイの冷やかす声を流していた。









追伸。

普段は言わないけど、神田のことを愛してます。