short | ナノ






チケット二枚



「みーちゃん、誕生日を祝おう」
「…は?」
見ててね、と言った桔梗が、僕の前の席に座る。
「ちょっと待て、いきなり何をするつもりだ」
ちょいとさ、となぜか粋な言葉遣いで取り出したのは、ありきたりなプラスチックのトランプ。
誕生日と言うからには僕の、なのだろうが。上から目線なのが何とも腹立たしいし、出し物というのも、この歳になってはバカバカしい。
「まず、きります。みーちゃん、何なら好きなだけきってよ」
ぽん、と手渡されたそれを見て、同じカードが含まれていない、正真正銘ただのトランプであることを確認する。適度にきって、机の上に、裏向きで乗せる。
「で?」
「好きなのを一枚ひいて、覚えたら裏向きのままちょうだい」
典型的なトランプマジックだな、と思いながらも、桔梗を邪険にするのも気が引けて、言われた通りにしてしまう。時々、そうして彼女に負けている自分が悔しい。
ひいたカードは、スペードのジャック。何の変哲もないカードだ。
「ほら」
そうして差し出せば、受け取った桔梗は躊躇せずにトランプを折り曲げた。中は見えないようにして、ビリビリに破いてしまう。プラスチックじゃないか、と驚いたが、たぶんそこじゃないな。
「さて…今のカード、どこにやったかな。ここかな?」
そう言って制服のポケットを探る。
「箱の中かも」
トランプが入っていた箱をひっくり返すも、何も出てこない。
「あ、そうだ! みーちゃん、」
とんとん、と桔梗が胸のあたりを叩く。怪訝に見やれば、どうやら僕の胸ポケットを見てほしいらしい。
「……ん」
マジックは種を探りたくなるが、これはなかなかわからない。感心しながらカードを手渡すと、桔梗はにこりと笑った。
「どう?」
「悪くない」
暇つぶしくらいにはなったが、桔梗以外の人間がやっていても興味を持てなさそうだ。
「それで、まさかこれで終わりじゃないだろう?」
スペードのジャックを眺めながら問いかければ、桔梗は「もちろん」と頷く。
カードを指の腹で挟んで、左右に振り始めた。ゆっくりではないが、取り立てて速いわけでもない。じっと手元を見ていると、ふとまばたきをした瞬間、白い封筒にすり替わっていた。
「どうぞ?」
「…ああ」
受け取ると、中に何か入っているとわかった。さてはこれが本命か、と中身をあらためる。出てきたのは、駅前の喫茶店のクーポンだった。ケーキセット半額と書いてあるものが二枚。
「…どうしろと?」
それを机の上におくと、桔梗はまだおかしそうに笑っている。
「みーちゃん、まだあるよ」
そう言われてもう一度封筒の中を確かめる。もう二枚、別のチケットが入っていた。
「行きたいのか、桔梗」
「行こうよ。みーちゃん、誕生日なんだし」
「……はあ」
「イヤなの?」
入っていたのは、遊園地のチケットだった。いつぞや、柳さんと行ったところ。僕と烈火が壊したミラーハウスも、つい先日改修が終わったようだ。
「嫌ではないが、なぜ僕と?」
賑やかな場所は好きじゃないが、多少なりと好意を抱いている相手からの誘いならば、断る道理もないだろう。自分が奥手だと思ったことはない。
「そりゃ、みーちゃんの誕生日だから」
「…そうか」
誕生日だったら誰とでも行くのかという言葉は理性が押し留めた。あまりに僕らしくないし、子供だましの手品のように、つまらないことだ。
「みーちゃんだから、行きたいんだよ。誕生日デート、いいじゃない」
ね、と言って笑う桔梗が握りしめた手を開くと、一輪のパンジーが転がった。確か、校舎脇に植えてあるものだ。
「仕方ないな。遊園地に行く相手もいない桔梗のことだから、一緒に行ってやる」
「うっわ、何それー」
素直になれない自分に歯噛みしつつ、パンジーを桔梗の髪に飾ってやった。