short | ナノ






拝啓、愛し君へ



「なーに書いてんの?」
ひょこりと顔をのぞかせたのは、待ち合わせをしていた友人だ。
「有希! 久しぶりー!」
「うん。何これ、手紙?」
「そう、ラブレター」
いつものファミレスで待ち合わせ、という約束だったので、早めに来て、自宅ではとても書けないような恋文をしたためていたのだ。
有希がぱちくりと瞬きをする。
「それは、浮気宣言?」
「違うよ、旦那様に」
さすがにそれはないよ、といって笑うと、有希もだよねぇと声を上げた。
二人でドリンクバーとケーキセットを注文し、手紙は一度カバンに仕舞い込んだ。
「でも桔梗、もう今年で五年でしょ? 上の子も三歳じゃない。今さらラブレター?」
怪訝そうに眉を吊り上げた彼女は、今はなでしこで活躍するプロの女子サッカー選手だ。留学してまで夢を叶えた有希を、私は眩しく思う。もっとも私の旦那も、同じくして夢を叶えたJリーガーなのだけれど。
「これはね、結婚する前からの習慣なの」
「へぇ」
と、頷いたものの、納得はいっていないようす。
「お互いの誕生日には、ラブレターを書くの。もう何年もやってるのに、書くことがなくならなくって」
毎年毎年、この時期になると、彼が出ているテレビを見ながら愛しさが募るのを感じる。子供がまだ小さいから、一昨年からはスタジアムに試合を見に行けていない。今日だって、ご近所さんに預けてきた。
「ふーん。相変わらず、ラブラブだねー」
「よく言われます。ショーエイ君とか、シゲとか」
じゃじゃ馬根性むき出しの二人だからなあ、と笑う。それにしても私の周りには、夢を叶えたサッカー小僧が多いような。
「まあ、いいんじゃない? あ、そうだ桔梗、聞いてよ!」
「何? また藤代君?」
「ちがうよ!」
有希もそろそろ結婚するのかな、と思いつつジンジャーエールを口に含んだ。





カズへ

この手紙も、今年で八年越えました。つまり私たちは、もっと前からお付き合いしていたんですね。
最近、体の調子がいいようで何よりです。私の献立がいいのかしら?
ねえ、カズ。
あなたに言いたいこと、たくさんあります。けれど、なんだかうまく言葉にできません。どうしたら、この気持ちがあなたに伝わるのでしょうね。
いつもあなたが「行ってくる」「ただいま」と言うとき、私がどんなに嬉しい気持ちでいるか、実は知らないでしょう?
たまの休み、子供たちがサッカーをしているのは、やはりあなたの子だからなのでしょうね。あの子たちも、将来あなたのようになりたいと言い出すのかしら。
カズ。
私、とても幸せです。
年々その想いが増えていくの。いつか私から溢れてしまわないか、心配です。
カズ、私の愛しい、愛しい旦那様。
いつもありがとう。私の隣にいてくれて。この一年も、互いに息災で何よりでした。
これからも、不束な私をよろしくお願いします。
誕生日、おめでとう。

桔梗





ホームでの試合の朝、出掛けに手紙を渡された。そうして、はた、と今日が誕生日であったことを思い出したのだ。
「カズ、お前なにニヤニヤしてんの? 嫁さん?」
「おう」
結婚する前から続けている、互いの誕生日にラブレターを書く習慣は、気恥ずかしいものの、なぜだか止められない。さすがに車中で読むわけにはいかなかったので、昼飯を食べながら手紙を読んでいる。
「ったく、お前んとこはいつも円満だよなー」
「けどニヤニヤすんな」
「無理に決まっとーやん」
どこの世界に、嫁…好きな女から恋文を受け取ってにやけない男がいるのか。
「ま、別にカズの誕生日だからって訳じゃねえけど」
「ホームだからやっぱ勝ちてーな」
そうして、食べ終わったら今日の相手について話し合う。何をしていたって結局サッカーが好きな、いつまでも子供のような連中がJリーガーというやつなのだ。
「功刀選手、今日の意気込みは?」
茶化すような仲間に、ニヤリと笑ってみせる。
「二人目おるけん、絶対点は入れんたい」
今日ならば、PKだろうがコーナーだろうが、なんだって止められるような気がした。
言葉の意味を理解した仲間たちが盛り上がるまで、あと少し。





追伸。
先日お医者様にかかったら、なんと二人目ですって!
(きっと最高のプレゼント)