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スマイル宅配便



コンコン

その日、特に何もすることがないのでベッドで寝そべっていたら、部屋の扉がノックされた。
面倒なので無視をしていたが、その間もノックは休みなく一定の時間を置いて行われていた。

コンコン

コンコン

「…ちっ」
いい加減ウザくなってきたから、舌打ちをして仕方がなしに扉を開けた。



「スマイルお届けに参りました、スマイル宅配便です☆」



バタン

錯覚だ。
俺はいま、何も見なかった。別に女とか見ていない。決して。
扉を閉めて、もう一度開ける。
何も無いことを望みながら――
「もー、なにすんのさ」
「………帰れ」
再び扉を閉めようとすると、がつっと隙間に足を差し込んできた。ちらっと見えた表情は、痛そうに少し歪んでいた。
「何それ! 用件も聞かないの!?」
「五月蝿い帰れ」
向こうから扉を開けられる。ほっそりとしたその腕からは想像もできない力だ。
残念ながら、扉の外にはよく知った顔の女がいた。
その女――桔梗は、微かに茶の混じった黒い髪をポニーテールにして、ふわふわと揺らしながら身長差のせいで俺を見上げていた。
華奢な身体つきで、よくこれで生きていけるものだと疑問に思う。
ふんわりと広がる髪は、俺の細いストレートの髪とはまるで対照的だった。
「で、なんだ」
「だーかーら、スマイルを届けに来たんだってば!」
望みどおりに用件を聞いたら、冒頭の台詞を聞いていなかったのかという小ばかにした態度をとられた。すげえムカつく。いま、心の底から、コイツを殴りたいと思った。
腕を組みながら仏頂面で、桔梗を見下ろす。
「帰れ」
「いやよ」
「帰れ」
「いーや」
「……」

ばたん

「ちょっと! 無言でドア閉めないでよ!!」
扉の外にいる桔梗の声と扉を叩く音が聞こえた。
今度はこじ開けられないように、必死で扉を固定する。
「うるせぇな、なんなんだよ?」
「だから、」
「スマイルはもういいっつってんだよ!」
「……むー」
桔梗の唸るような声が聞こえる。
扉を叩く音は収まったが、かえって面倒なことになったかもしれない。あの桔梗が黙ったとなると、拗ねているか怒ったとき、もしくは――最悪のパターン、泣いているときだ。
これでも、俺とアイツは恋人という仲にある。
…ほとんど桔梗の愛情を一方的に受け取らされているような気もするのだが。
アイツと一緒にいると楽しいし、思わずとは言え、顔がほころびることもままある。
どうしようかと小さく溜め息をつくと、扉越しに桔梗の声が聞こえた。
「……ユウ、今日誕生日でしょ?」
「あ?」
そうだったか。自分の、いや人のものもそうなのだが、誕生日などいちいち憶えてなどいない。
日本で言う水月、梅雨の時期。ヨーロッパでも例外でないのか、今月は雨が多いと思っていた。
そういえば、来週コムイの誕生日だとリナリーが言っていた。てぇと、俺の誕生日は今週あたりらしい。
「だから、喜ばせよーと思って……」
「…んだそりゃ」
「失礼ね。あたしは結構真面目に考えたのよ? ユウにアクセサリーとかあげてもいらないと思うし」
「いらねえな」
「ケーキとか甘いもの苦手だし」
「嫌いだな」
「どうしよっかなぁ、て思って」
「…それでスマイルか?」
「……うん」
少し間があった。
まるで、子供からのプレゼントだ。
でも、桔梗が真剣に考えていた様子を想像して少し笑う。
「宅配便なんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、荷物を届けるんだな?」
「…うん」
「じゃあ、」
「!!」
そこまで言ってから扉を開けた。
扉にもたれていたらしく、体勢を崩して俺を見上げる格好になった桔梗は、吃驚して目を見開いていた。
俺は、少しかがんで桔梗の耳元で囁いた。


「じゃあ、愛を届けに来いよ」


桔梗は頬を染めてけれど嬉しそうな顔になって、絶世の笑顔で頷いた。
――俺は、この笑顔が好きなのかもしれない。