せめて君に、 数週間前、ロビーで一条と話をしたときに、夢を見たと聞いた。詳しくは聞かなかったが、ひどく怖い夢だったと言っていた。 その数日後だった。朝も早い時間、家を出ようとするとセフィロスに会った。身構えたが、悪夢にたたき起こされたばかりだから、今は少しひとりになりたいと言っていたので、ついにセフィロスが風邪でもひいたのかと思った。 他の誰かが悪夢を見たと言ったなら、きっと俺は、みんな疲れているんだろうと思い、何か買ってきただろう。そう、例えば、ケーキなんかを。 ***** 俺が立っている。 濃紺のつなぎのような服に、腰当てや肩当てなど、ゲームで見るような格好をしている。少し幼さの残る顔は、おそらく十五、六歳ぐらいのものだろう。ずっと、足元に視線を落としている。 不意に、目の前に大きな背中が現れた。ハリネズミのような黒髪に見覚えがあると思ったら、それはザックスの姿をしていた。 「クラウド、」 俯いている俺の肩を軽くたたくと、ザックスは俺に背を向けて走り出した。俺は一生懸命追いかけるけれど、ザックスとの距離は開いていく。 「っザックス…!」 思わず手を伸ばすと、銀色が一閃した。 慌てて正体を確認する。 はためく黒いコート、膝まである長いブーツ、長身の倍はある鈍く光る日本刀、そして長く輝く銀髪。 それは、まぎれもなくセフィロスだった。 …ただ、ひどく冷たい、憎しみのこもった瞳をしている。口元に湛えた冷笑も、纏う氷のような雰囲気も、すべてが俺の知るセフィロスとは似つかない。 「……クラウド」 背筋をはうような声も。 「セフィロス、なのか…?」 問いかけると、“セフィロス”は微笑んだまま刀の切っ先を俺にむけて構えた。「クラウド」 あんたが呼んでいる“クラウド”は誰のことなんだ。 喉元までせり上がった声を押し込んで、俺はセフィロスを見据える。うっすらと、悪夢という抽象的な言葉が何を示していたのか、知る。 「…かあさん」 セフィロスが寂しげに、子供のような幼い言葉を呟いた。 “クラウド”を殺そうとする“セフィロス”は、ただの子供のようだ。何も知らない、何も知れない。その瞬間は、確かに寂寥感がセフィロスの瞳を塗りつぶしていた。 かつんと足元でガラスの音が聞こえ、視線を落とす。手のひらに収まるくらいの大きさで、薄緑色の光を淡く放っている。 夢の中で死ぬと、目が覚めると聞いたことがある。しかしなぜか、この“セフィロス”に殺されたら、現実世界の俺の命もないのではないかと思わざるを得なかった。 「…“私”に伝えてくれ、クラウド」 “セフィロス”を見るよりも先に、その刀の切っ先が目の前に迫っていた。 「“じきに知る”」 「クラウド!!」 “セフィロス”の姿がかき消え、鋭く名前を呼ばれ目を見開いた。 流れるような白い髪、透き通るような肌に、シルバーとダークレッドのオッドアイが、よく知る人物のもので驚いた。しかし、彼女の雰囲気は知っているようで知らない。つまり、先ほどの“セフィロス”と同じ。 「……同じ?」 夢の続き、ということだろうか。 「クラウド、」 大切な人がたくさんいた気がする。今も、両親やティファ、メゾン・ド・神羅の住人たちが、大切な人だ。 けれど、もっと、ずっと。 大切にしたいと思った相手がいなかっただろうか。 「…俺は…?」 自分自身が誰かさえわからなくなり、知っているようで知らない人たちにふれるのは、確かに悪夢だと思った。一条やセフィロスも見たのだろうか。 セフィロスは、“セフィロス”に出会ったのだろうか。 「……」 もしも一条が“セフィロス”に出会っていたら、ひどくショックを受けたに違いない。“セフィロス”の瞳は、命さえ感じられない冷たさだ。 「“セフィロス”…あんたは、いったい…」 「クラウド、」 再び、彼女の姿が横切った。 ***** 「っ、……?」 背中を強く打って目が覚めた。ベッドから落ちたのだと気付くまでに数秒を要した。 「悪夢、か…」 確かに精神的にきついものがある。何より、最後に出会ったのが彼女だったのだ。 「アイリス、なのか」 俺たちの知らない世界があって、俺たちの知らない俺たちがいるというのか。 「……もう、七時か」 ぼんやりと時計を眺めて時間を把握する。 少々痛い出費になるが、帰りに全員分のケーキを買って帰ろう。そして、調子が戻るまではセフィロスに優しくしてやってもいいかもしるない。……少し、なら。 (セフィロス、言伝を頼まれた)(…誰にだ?)(あんたにだよ。…“じきに知る”、と) この世界で幸せが訪れんことを。 (澪へ愛を込めて!) |