まるで参考になりません。 「試合を? わたしが、見に行くって?」 「せや。金もかからんし、ええ考えとちゃう?」 「うーん……」 しばし考えてから、ふと気付く。 「いや、てか交通費」 「あー」 目の前の金髪男子、藤村成樹がデートに行こうと言ったのがきっかけだった。ちなみにわたしは、それをにべもなく断った。 将来は作家志望で、現在ある文学賞へ応募するため絶賛執筆中なのだが、最近手詰まりで、彼氏でもない藤村とデートしてる暇はない。 暇がないのは、あちらもではないかと思うけど、本人が言ってるからたぶん問題ないんだろう。わたし断ったし。 「たしかに安上がりだし、わたしも助かるけど…」 「ほんなら決まりでええやん! 電車賃くらいやったらあとで払うてもええよ」 「そこはいいよ、じゃなくて払うよ、だろーが」 スカポン、と手元の紙束を丸めて藤村を殴ると、関西人の血か、相変わらずオーバーリアクションをとる。 「まぁ、それなら行ってもいっか」 「ほんま!?」 「嘘言ってどうすんの。どうせ暇だし」 いや、暇じゃないけど。 今書いている小説は、サッカーをする中学生がメインだ。だけど家族や友人にサッカー少年はいないし、そういえばクラスで仲のいい藤村がサッカーやってるなーと思い出しただけなのだ。それが、会話の発端。 私はよく知らないけれど、藤村はJリーグのユースに所属しているらしくて、女子に大人気だ。それでなくとも、恋愛対象ではなく、相談相手や友人としてはうってつけの人材だった。 「よっしゃ! ほな試合は九時から、ここのスタジアムやで」 スタジアムとその最寄り駅を中心にフリーハンドで地図が描かれる。藤村はずばり器用だ。決して器用貧乏にはならない。 「ん、わかった」 参考にしたいという感情もあったけど、それよりは藤村のサッカーを見てみたい気持ちが強かった。 筆舌に尽くしがたし。 この一言につきる。 「めちゃくちゃ楽しそうやん」 普段の笑顔は営業用だと一瞬で見抜けてしまうくらい、フィールドの藤村は輝いていた。誰もがキラキラとしてサッカーボールを追いかけていた。 今日はユース中心で高校生の試合らしく、藤村の所属とは異なる人がいっぱいいた。中には、わたしでさえ知っているような有名な人もいる。 「……藤村って、すごかったんだ」 観客席には報道関係と、おそらくはJリーグ関係者がわんさといる。改めて藤村、ひいてはサッカー少年たちを尊敬する。 藤村はフォワードで、ボールを持つといつの間にかゴール前までつめている、たぶんチームには頼もしい存在。対するキーパーは背の高い人、ってか有名な渋沢って人だ。 「高校生でこれなら、Jリーグってどうなんの」 「Jリーグ生で見たことねぇのかよ」 「誰!?」 完全に独り言のつもりだったのに、隣には知らない人が立っていた。ちらりとわたしを見下ろして、フィールドを見る。いや、だから誰だっつーの。 「……三上亮」 「は?」 「覚えとけ」 よくわからんが名乗られた。ちなみにわたしは個人情報に敏感なので名乗らない。 すでにスタジアムをあとにしようとする三上亮が一度だけ振り返った。 「お前、あいつの彼女か?」 「あいつ…?」 「金髪」 「藤村の? 違うけど」 そう言うと、なぜかバカにしたように鼻で笑われた。三上亮をむかつく人間リストにぶち込んだ。 結局三上亮はそのままどこかへ行ってしまったので、わたしは試合に目を戻した。その瞬間、ネットが揺れた。 「あ……」 藤村のシュートの瞬間を目の当たりにし、唖然とする。なにが起こったのかさっぱりわからなかった。 「おー、桔梗! どや、俺かっこよかったやろ」 試合終了後、ミーティングらしきものを済ませた藤村が、わたしに気付き、仲間に断ってからやってきた。 藤村が汗をかいているのも、こんなに楽しそうにしているのも初めて見る。 「藤村、サッカー好きなんだね」 「は? 当たり前やん」 けらけらと笑う藤村を見て、ますます普段とはかけ離れているなぁと思った。 「で、参考になった?」 「いや全然」 「全然って、自分なあ…」 即答すると、がくりとする藤村。 「だって藤村があんまりにもかっこいいから、メモとるの忘れてた」 真っ白なメモ帳を見せると、目を丸くして、それから笑った。優しく、穏やかな顔で。 「嬉しいこと言うてくれるやん」 「事実だし」 さよか、と言った後に藤村は続ける。 「ほんなら、また来たらええよ。今度は一緒にJリーグでも見に行こうや」 「…うん、そだね」 不覚にも、そう言って笑った藤村にきゅんとする。おい三上亮、そういうことなのか。ていうかきゅんとするって死語か。 |