きっと君は大人になる 功刀一という男は、一言でいえば常に上にいる男だ。 勉強も、スポーツも、そして身長さえもいつだって私の上だった。あいつ、小学生んとき背の順一番前だったのに気がついたら少しずつ伸びて私を追い抜いて、見下ろしていた。 なによりあいつは態度が威風堂々としていて、なぜか本能で奴は自分より上だ、と思ってしまう。悔しいから、本人に言ったことはない。 しかも中学に入ってから無駄にかっこよくなり、女子にモテるようになりやがった。悔しいついでに言うが、私もモテないわけじゃない。ただ、功刀の…カズの場合は、廊下で女子とすれ違えば必ずといっていいほど騒がれる。 そんなどこの完璧人間は、なんと私の幼なじみだ。 幼稚園からの腐れ縁で、家は歩いて三十秒。一緒に風呂に入ったり、寝た仲でもある。ただし幼稚園まで。 小学校からは何かにつけて対立し、対決した。 自転車にどっちが先に乗れるかとか、逆上がりができるかとか、そんなことばかりだった。全部カズの勝ちだったけど。 そしてその後、あいつは決まって言う。 「お前が俺に勝つんは一生無理たい」 そう言うわけで、功刀一という男は非常に腹立たしい奴だ。 「ぬぉぉぉバリ頭痛かってんんん!!」 「せからしい! そげんこつなら家で大人しくせろ!」 「嫌や!」 「じゃー黙れ!」 朝っぱらから、カズの自転車の後ろに乗ってカズを待ちながら吠えると、ぴしゃりと言われた。朝のカズは反応がイマイチ冷たい。いや、どうでもいいことだけど。 カズが自転車を漕ぎ出す。カズは私を乗せていてもすいすいと漕いでいくから、風が気持ちいい。 「桔梗、自分チャリで行こうっち思わんか?」 「思わん。カズが乗せてくれゆうし」 「重かよどアホ」 朝も、夕方も、いつだってこいつと顔を合わせるとお互い憎まれ口を叩いてばかりだ。昔はもっとかわいかったはずなんだけどなぁ。 「トレーニングったい。つか、私べつに重くなかし。ふざけんなっちゃ」 「あー、バリ重かー」 「貧弱ー」 ふざけて背中に体を預けると、笑いながら言葉が返ってくる。何だかんだ言いつつ、やっぱり私とカズは仲がいいようだ。 (てかこれ、まじで頭痛かやん…死ぬ……) 二時間目の数学の時間、ノートのグラフと睨めっこしながら、朝から継続している頭痛に顔が険しくなる。正直目が悪いわけでも、席が後ろなわけでもないのに黒板がぼやけてきてヤバい。 (ばってん、数学ば休むと困らんや…) 気力で板書を写す。そういえばカズがこの範囲は得意だと豪語していたような記憶がある。奴の場合、数学が得意というのが正しいと思うのだが。 さすがに数学終わったら保健室に行こうかと考えて、次は大好きな英語の授業で、なおかつ授業はあと三十分もあることに気がついた。気が遠い。 (んー、部活は休ま……ん?) かさりと背中に何かをぶつけられた気がして、振り返る。後ろの席の友達が足元を指差す。見ると、四つ折りにされたノートの切れ端がある。 (誰なん……) 先生の目を盗んで紙を開くと、ただ一文『保健室行け』と書いてあった。 この字には見覚えがある。振り返ってカズを見ると、ちょうどノートから顔を上げたカズと目があった。すぐにカズからのメモだと理解する。余計なお世話だっつーの。 『うっせー』 一言書き足して放り投げる。 すぐに返ってきた。 『具合悪かやろ』 『べつに平気やし』 『ウソこけあほんだろ』 『余計なお世話』 裏面まで使ってやり取りをしていると、先生がカズを当てた。悔しいけどカズはめちゃくちゃ頭いいから、よく問題に答えさせられる。今日も黒板に出て解答させられるようだ。へっ、ざまーみろ。 「桔梗、ほんとに平気か」 「へーきやし」 通り過ぎるときに小声で訊ねられ、そっぽを向いて答える。カズってこんな心配性やったっけ。いや、まあ、どうでもいいんだけど。 「いいから行ってこいやー、秀才めー」 無駄に絡めば、はん、と鼻で笑ってカズは黒板に向かって歩き出した。男子の中では背が高い方ではないけれど、べつに低い方でもない。カズがもうチビじゃないことは、いつも一緒にいた私がよく知ってる。ただ、認めるのが癪なだけで。 「よし、正解だ」 先生が大きく赤チョークで丸をつける。うーむ、私にはなぜそうなるのかさっぱりわからぬぞ。 「先生」 「ん?」 「は、ちょ、カズ!?」 席に戻る途中、急にカズが私の腕をつかんで引っ張り上げる。やば、急に立ったら眩暈がする。 「南場が具合悪いけん、連れて…連行してきゆう」 「はあ!?」 ちょっと待てこの野郎。なんで言い直した。私は動物か犯罪者なのか。 「ああ、ぼーっとしゆうもんな。よかよか」 んなあっさりでいいのか。カズは頭いいけど、私ら受験生だぜ。そんな気軽に保健室なんて、 「行くぞ」 しかめっ面したカズを前に、私は降参した。カズの頑固は筋金入りだと知っているし、まあ先生が言うならいいだろう、頭痛くて眠いしと大義名分をくっつける。 「カズー、どうせなんおぶってほしかー」 「ばーか」 手を引かれたまま廊下を歩く。本気半分だったんだけどな、とどうしてか少し落ち込んだ。いや、どうしてかってかだいぶ歩くの辛いからだし。 「なん、ほっといてくれてよかばい」 「俺が桔梗んこつ、ほったらかしたことばなかやろ」 「……そうやった?」 なにせ、幼稚園からの仲だ。忘れているかもしれない。……いや、でも。 「やー、そげん私んこつ好きなん?」 たしかに、一度もない。カズが、私を置いていったことやほったらかしたことは私の覚えている限りでは。 「おー」 「おーってなんね、おーって」 あからさまな棒読みにツッコミをいれる。授業中の廊下をくすくす忍び笑いで通り抜ける。 ふと、つないだ手、こんなに大きかったかなと思った。 |