そんなベタな! 「こ、怖いから絶対そこにいてね! 覗かないでよ!」 「はいはい」 「任せときー」 どんと胸をたたくと、桔梗は安心したように荷物を抱えてドアを閉めた。 合宿初日、調子に乗って怪談をすると、何人かが悪乗りしてきた。ついついそのまま盛り上がっていると、桔梗が一人じゃ風呂が怖いと言い出した。 本当なら銭湯にいくはずだったが、まあ女子のアレということで宿直室にあるシャワーをかりることになった。 で、だ。 一人じゃ怖い、しかし小島ちゃんについててもらうわけには(食事の関係上)いかない。男がつくなら俺やん! と立候補したら、たつぼんと一緒ならいいと言われ、現在に至る。しかしなんや、たつぼんと一緒ならって。俺一人やと心配か! 「こういうとき、武蔵野森みたいにシャワー室とかあったらな」 「のぞき放題やもんあだっ」 うんうんと頷くと、すかさずたつぼんの突っ込みが炸裂する。そんなまじに殴らんでも。 「まったく…」 「なぁ、たつぼん」 こういうシチュエーションでは、お約束がある。ホラーの定番といったところか。 「別に覗こうっちゅうわけやないんやけど、もし桔梗に不測の事態が起こったら、どないする?」 「不測の事態って何だよ」 「せやなぁ……」 ドアに背中をつけて床に座り込んでいる。ケツが冷えてきよった。 「貧血で倒れるとか」 「先生呼んでくる」 「地震が起きたとか」 「自分で出れるだろ、たぶん」 なんや冷たいやっちゃなあ。いや別に俺が覗きたいわけやない…いや、そらちっとは下心あるかもしれんのやけど。 「ホラーの定番じゃ、鏡に何か写るか髪の毛が、ってのだよな」 怖いの苦手かと思いきや、案外たつぼんから話を振ってきた。 「せやなぁ。そこできゃー! っと悲鳴、……たつぼんなら、ここで飛び込む? 待つ?」 きゃー! っと女子のまねをすると、たつぼんにキモイと言われる。たつぼんにはノリっちゅうもんがないな。 「そんときになってみなきゃわかんないだろ。第一、学校でそんな状況……」 「きゃー!!」 たつぼんの言葉を遮るように、ドアの向こうから悲鳴が聞こえる。どうかしなくても、桔梗のものだ。 「…そ、そんなベタな」 あり得ないくらい見事なタイミングに頬をひきつらせていると、たつぼんが隣で小突く。 「どうすんだ」 「お、おう」 たつぼんにたぶん(というか間違いなく)面倒な役を押し付けられた。さっきの話の続きかいな。 「桔梗! 何があった?」 ドアをノックして中に呼びかける。 「っシゲ!?」 「入ってへんから安心しい! なんか変なもんあったん?」 さりげない気配り、さすがシゲちゃん……ってちゃうちゃう! 「……が!」 シャワーの水音がうるさくて聞こえない。シャワーを流していても怖いが、急に止めたとき水が滴る音の怖さは異常だ。たぶん、桔梗もそう思ってるんだろう。 「なんや?」 「だから!」 聞き返すと、これでもか! というくらい力強い返事が返ってきた。ほんまに怖がっとんのか。 「蜘蛛がいるの! ここに!!」 「…へ?」 「は?」 肩を落としてから、たつぼんと顔を見合わせる。呆れてものも言えない。 「蜘蛛なら殺せばいいだろ」 「バカ! できるわけないじゃん!」 「えー、何センチなん?」 どうせ小さい蜘蛛が通っただけだろ、と笑いながらきけば、少しの間が空く。 「…………五センチ」 「………」 「………」 思わず笑いが凍りつく。五センチの蜘蛛て、この学校どないなっとんねん。 「桔梗! すぐ出てきい! 刺激したらあかんで! 何蜘蛛がわからんさかいな!」 中に呼びかけると、泣きそうな声で「うん」と返ってきた。気絶はしてないことに安堵して、ドアから少し離れて待つ。いきなりドアが開いて、なんて漫才は今の状況では御免だ。 「シゲ、水野、いる?」 「いる」 「おう」 がさごそと本来なら色っぽいはずの衣擦れが、今はただの雑音にしか聞こえない。いや、元々そうかもしらんけど。 「……五センチてなぁ」 「……五センチはなぁ」 たつぼんと顔を見合わせる。さすがにどう対処するか考えておかなければ。…やはり、駆除か。 「うわーん! 怖かった! 怖かったよ!」 ドアが開くと桔梗が飛び出してきた。慌てて抱き留めると、ふんわりとシャンプーのにおいが…って何考えとんねん、自分。 「ちょお待ち、桔梗。…たつぼん」 「ああ」 頷きあうと、桔梗を残して中の様子を覗き込む。注意深くシャワー室に近づく。 「あー、なんやドキドキする……」 ゆっくりドアを開けて、そのまま硬直する。中を覗くまでもなく、そいつは天井からぶら下がっていた。たしかにサイズは五センチ、いわゆる手のひらサイズ(そんなもんいらんが)。問題はその容姿だ。 「……毒蜘蛛にしか、見えへんやろ」 毛深い、黄色い、脚長い。毒蜘蛛っぽい三大条件を満たしている。 「げっ」 くるり、と蜘蛛がこちらを向く。ほとんど反射でシャワー室のドアを閉めると、どんとぶつかる音が聞こえた。危なかった……。 「…たつぼん」 「…なんだ」 「不破ならようやれるかいな」 「…さあな」 遠まわしに今は放置しよう、ということが伝わったのか、たつぼんは踵を返した。おーい、早足になっとんで。 「桔梗、とりあえず飯行こか」 「やだ! だってまた来るかもしれないよ?!」 「はは、自分が添い寝したるさかい、安心しい」 冗談で気をほぐそうと言うと、俺のジャージの袖を握っていた(反則級にかわいい)桔梗がなぜか頷いた。 「うん」 「おー。……ってええ!?」 ベタな展開てんこもりすぎやろ! |